イタリアから帰国しました。いや、とっくにしていました。

結論から言うと、タイトルからもお察しがつくかとは思いますが、僕のやっている事業のオペレーションを極力自律的にしていく方針で合意できました。今はまだ独立した「事業部」として動くには時期尚早ですが、いずれはそうするつもりです。最終的な理想型は、法人化して完全に独立すること。そこを目指したいと思っています。

グループのCEOと話をすると、むしろ「なぜそうなってないんだ?」という考えで、一刻も早く新たな事業を立ち上げられるよう、自律的な組織をちゃんと作れという意見でした。彼は創業社長でもあり、会社を上場させ、1代で欧州、米国、アジアにまたがる組織を作り上げた、いわばカリスマ的な存在です。そのカリスマがそう言いうのですから、従わない人間なんて誰一人としていません。

これまで昭和の会社のブランド化に統一する方針だった日本の社長も、180度意見を変え、僕の事業に必要なサポートは全てやると言ってくれました。大成功です。

これで一件落着ですが、逆に言えば、これだけのサポートを得ながら失敗するということは絶対に許されない。大きな大きなプレッシャーが僕にのしかかるわけです。成功して当たり前というある意味ヒリヒリするような状況です。こうなったら僕も腹をくくって、意地でもこの事業の立ち上げを成功させてやろうと思います。

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イタリアはとても暑かったです。連日35度オーバーといったような気候でした。しかし、周りに緑が多いせいか、夜になると比較的過ごしやすかったです。

さぁこれから気を引き締めて邁進していきたいと思います。
さて前回のエントリーでは「また後にドラマチックな展開が…」と書きました。

僕がA社に決めたのは、その会社の社長の経験とか経歴に魅力を感じたからでした。そしてA社に入る条件として、その社長に直接レポートすることでした。いわゆる「プロフェッショナル経営者」であるその社長直下で仕事をすることで、色んなことを吸収してやろうという気持ちが大きかったわけです。

ところが。

その時は突然訪れました。本当になんの前触れもなく。社長が他社に電撃移籍したのです。僕が入って3ヶ月が経とうかという頃でした。

本当に衝撃的な出来事でした。周りの誰もその情報は知らされておらず、社員のほとんどは朝の社内メールか、もしくは日経新聞の小さな記事を見て、このニュースを知りました。

僕が今勤めている会社は、もともといわゆる地方の小さな製造業社で、それが何年か前にイタリアの会社に買収された結果、いわゆる「外資系」という分類になりましたが、元々その地方の会社に就職した人たちは、英語のえの字もわからない人がほとんどで、外資とは名ばかりの、いわゆる地方の中小企業然とした、昭和な会社です。

ずっと外資勤めの僕にしてみれば、衝撃的なことがあまりに多く、正直入ったことを後悔しない日はありませんでした。しかしその社長が大きな改革を断行するという方針で、いろんなことが変わりつつかった最中、僕も何とか我慢して(実際にはそれほど我慢せず勝手にやってますが)勤めていたところ、このざまです。改革の旗手がいなくなった。僕はそういった社内改革をする立場にない。これまで「ザ・昭和の地方中小企業」としてのんびり仕事してきた人たちからは大きな反発が起こりつつある。中には(というか多くは)社長がいなくなってバンザイという雰囲気すらある。

そんな状態に陥ったわけで、果たして僕はどうすればいいのかと悩みました。昭和の彼らと飲んだ際に言われたのは、僕は「黒船」だということ。あぁ、やっぱりそういう感覚なのか。数年前、この地方の小さな会社を買収した外国の会社側の人間。まぁそう思うなら思っていただいて結構なんだけど、僕的には僕のやっていることは一ミリたりとも彼らの事業とは重ならないので、極力距離を置きたいということだけ。

ところが、その社長が去った後、恐らく暫定的とは言えそのポジションに座った外国人は、日本国内のオペレーションや事業を全て、その昭和の会社のブランド下に集約するという方針をぶち上げたのである。ぶち上げたというほどではないんだけど、そう言った方がドラマチックかと思いまして。

そんな方針をぶち上げたわけです。僕は当然大反対で、僕のやっているM2MとかIoTっていう分野はものすごい勢いで勢力図が書き換わっている、栄枯盛衰の激しい動きの早い業界です。20年も前から変わらない技術を(他に誰もやる会社がいないからという理由で)コツコツと提供し続けるような時間軸のビジネスとは根本的に異なっている。どっちがいいとか悪いではなく、根本的に異なる事業です。それを同じ枠組みでやろうとされると、全力で阻止するしかないわけです。

というわけで、本社(外国です)の偉いさんに長々とメールを送り、今こんなことが起きようとしている、こんな弊害がある、IoTのビジネスに2015年に乗り遅れると、恐らく日本で再出発するのは非常に困難であろう旨を伝えました。幸いなことに、本社の人たちもその辺りは薄々理解していて、僕の要求はグループのCEOの耳にもしっかり伝わり、いい方向に動こうとしています。

そして、今イタリアにいます。
この話をするために来たというわけではなく、本当にうまいタイミングでこちらに来る用事ができたので、この話をしっかりとしてくるつもりです。その結果どうなるかまだわかりませんが、きっともう少し動きやすくなることでしょう。

その辺はまた次回以降にでも。
ぬおっ!

次回に続くとしておきながら、前々続いていませんでした。恐縮です。

前回は「皆なぜか、口をそろえてA社にすべきという意見でした。」というところで終わりました。

そうなんです。誰一人としてB社を勧める意見がありませんでした。むむむ。

もう一つ思い出したことがあります。以前の同僚が、過去にB社に勤めていたのでした。彼の口からも、かなりとんでもない社風の会社であると聞いたことがありました。そうか……。

一方のA社。知る人ぞ知るといった会社です。僕は知っていましたが、周りには知っている人がほとんどいないという会社です。大企業に勤めるというのは、いい面悪い面両方あります。いい面は、多くの人がその会社のことを知っているので営業がしやすいこと。悪い面は仕事の上で自分の裁量の範囲が限られている事がほとんどであることだとか、意思決定に時間がかかることだとか。一方、中小規模の会社は、あまり一般に知られていないことが多いため、ネームバリューが大企業と比較して若干落ちるため、「誰?」ってなって営業が少ししにくかったりすることがある反面、自分の裁量が効く範囲が大きかったりします。そうでないことももちろんありますが。

A社は、中小規模でかつ、僕がこれまでやってきたことを新たに立ち上げるべく、新しい事業部のようなものを作って、そこを僕が担当するという、なかなか僕にとっては魅力的な仕事内容でした。

カネの面は置いといて、そりゃやっぱりA社ですよね。置いといてとはいえ、別にそこまで悪くないですし。

とはいえ、やはり迷いはあります。そこでA社の日本法人の社長にお願いして、サシで話をさせてもらえる機会をもらいました。その社長というのが、これまで様々な外資系のトップを歴任してきたような、いわゆるプロ経営者で、僕としてはその人と一緒に仕事ができるというのは、非常に魅力的に感じられました。なので、ぜひとも彼の直下(ダイレクトレポート to 社長)で仕事させてくれというお願いをしたところ、OKということで、無事A社に決めたというわけです。

つまり僕としては、A社で働くというよりもむしろ、A社の日本法人社長と近いところで仕事をして、色々と吸収したいという意図で、A社を選択したという意味合いが強いわけです。

まぁこれについてはまた後にドラマチックな展開があるんですが、それはまた今度。

そんなわけで、3月1日より無事にA社で仕事をしております。そして3か月が経過した今もまだ、A社に在籍中です。ほぼゼロから立ち上げといったようなフェーズですので、大変なことも多いですが、自分で決められることも多いので、忙しいながらも充実してやっています。

それではまた次回。