K君の両親は、早くK君に掛け算を覚えさせるため、1年生1学期のうちに九九を覚えたら東京タワーに連れて行っていってやると約束した。それはその年にあった大阪万博には経済的にとても行かれないが、そのかわりということでもあった。

 

 新入学の時に買ってもらった子ども雑誌、「小学一年生」の付録にボール紙でつくる東京タワーの模型がついてきたが、その本物に登れるということは大きな魅力だった。当時の子どもにとって東京タワーは憧れだったのだ。K君は入学前から九九の暗記を始め、約束通り1年生の夏休み前に暗記を終えた。

 

 いよいよ夏休みになり父親と東京に出かけることになり、東武線の急行に乗って二人で出かけた。直接東京タワーに行くのかと思っていたら、上野のはとバスの乗り場に連れていかれた。はとバスの周遊コースはいくつもあり、切符売り場の上にその内容の一覧が短いコピー文句とともに掲げてあった。「東京タワー」は一番左側に書いてある1番のコースの中にあり、K君はそれをすぐに見つけた。当然それを選ぶのかと思っていたら父親は何か探すようにしばらく一覧を見ているので、K君は父親が気づかないのかと思い、「東京タワーは1番コースだよ」と父親に声をかけると、父親はそんなのわかってるというように「待ってろ」とK君を制した。

 

 果たして父親が選んだのは貿易センタービルのコースだった。貿易センターはこの年完成し、それまで一番高かった霞が関ビルを抜いて日本で一番高いビルとなったところだった。父親の選んだのはその両方のビルに登れるということが売りのコースだったが、何度ながめてみても行き先に東京タワーは含まれていなかった。

 

「東京タワーには行かないの?」

「貿易センターから見えるさ。」

 

 父親は東京タワーには会社の出張の際にすでに登ったことがあり、今度は違うところに行きたかったのだ。K君への御褒美としてやってきた東京だったが、その趣旨より自分の興味が優先したのだ。

 

 K君といえばいつも母親から厳しくされていることもあり、また生来のおとなしさもあって自分の運命をそのまま受け入れる性質なので、特に不満も言わずに父親に従った。貿易センタービルに登ると、間近に東京タワーが赤く鮮やかに立っていた。

 「今度来たときに登ればいいや。」

 いつ来れるかわからないのにそんな風に思ってみた。

 

 「東京タワー行ってきた?」

 帰宅するとすぐ母親に訊かれ、こっくりして答えた。

 「よかったでしょうに。ママだって行ったことないんだよ。お前は連れてってもらっていいや。」

 K君はまたこっくりして応じた。

 

 夏休みの宿題には東京タワーの絵と隣市の花火大会の絵を描いた。教室に張り出されたのは東京タワーの絵だ。アキオ君が描いた万博の太陽の塔の絵と並んで掛かっていた。