K君がまだ小学校1年生の時の正月であった。家族で親戚の家に年始回りに行き、食卓を囲んだ。
(その親戚は小さな段ボール工場を営んでおり、K君の父親が勤める靴工場では、靴を出荷する際に使う段ボールや靴の型崩れを防ぐため詰め物にする厚紙を、その段ボール会社に発注していたのだ。そしてK君の母親の弟はその段ボール会社で働いていた。K君の母親は弟がそこで働けるよう夫に手回しさせたのだ。その後姉の夫に紹介された会社で働いていたK君の叔父は、その段ボール会社の社長の娘を見初めて結婚した。つまりK君の家と段ボール会社の家は、発注元社員と下請け会社という関係でもあり、また姻戚関係でもあったのだ。)
年始の宴では、社長の息子が前年の4月に東京の私立大学の医学部に合格した話題で盛り上がっていた。社長は穏やかで自慢をするような人ではなかったが、この時は正月でもあり酒が入って上機嫌な様子で、問われるままに「あの子は本当によく勉強した」と言ってにこにこしていた。その場には遊び相手になるようなK君ぐらいの子供もおらず、K君は両親の横で炬燵に入り、親戚に行くといつもそうするようにおとなしく、御馳走に手を出すでもなく大人たちの話を聞いていた。
「Kちゃん、大人の話ばかりでつまらないでしょう? おばさんがお餅焼いてあげるからお勝手に行こうか。」
おせちに手を出さないK君を見て、社長のもう一人のまだ独身の娘が宴の場からK君を連れだしてくれ、お勝手で電気コンロを使って餅を焼き始めた。
「いくつ食べられるの?」
K君がもじもじしながらも「2枚」と言ったが、おばさんは3枚焼いてくれ、醤油をつけてさらにつけ焼きにし、海苔を巻いてくれた。家ではつけ焼きにはしたことがなかったので、その思いもしなかった香ばしい美味さに次々に平らげてしまった。
K君はふだんから小食で、茶碗に盛ったご飯はいつも食べきれなかったし、保育園に行っていた時には弁当も食べきれなくて母親にいつも叱られていたので、今日はこんなに食べられることが本当に嬉しかった。たくさん食べられることは子供にとって立派な能力であり、食べられたことは誇りなのだ。
「あら、おなかすいているのね。もっと焼こうか。」
追加で焼いてくれる餅をさらに平らげてK君は得意満面である。
そのうちまだ小さなK君の妹を抱いて母親がお勝手に様子を見に来た。
「僕、お餅3枚食べて、もっと焼いたらまた食べて、今全部で5枚も食べられたんだ!」
うれしくなってK君は母親に報告する。
「すごいねえ、ほんとはお腹すいてたんだね。もっと食べられる?食べるなら焼いてあげるよ」
おばさんは次の餅を焼こうとする。
「うん、もっと食べられるよ!」
いつもはたくさん食べられず叱られているが、今日はたくさん食べたので母親もほめてくれると思った。
「いいよ、もう焼かないで!」と言って義妹を止める母親。
「じゃあもう一つだけ」
「いいから!」
まだ食べられるのに餅が焼かれなくなってしまったのを見て残念だったが、まだこの時のK君はこの後に起こることを予測することはできなかった。
果たして帰りの車の中で唐突に母親がK君をこづき始めた。
「お前は今日どうだったか言ってみろ!」
K君はいつも母親が怒り出すとそうなるように固まってしまい、何の思いもめぐらずに時間が過ぎるのをただ待つだけの心理態勢になった。その時間はK君と関係なしに過ぎていくようであり、それをK君が外から見ているといったような感覚だ。
「あれじゃ家でろくに食わせてねえみてえじゃねえか! いつもは食わねえくせに、今日に限ってあんなに食うやつがあるか!」
K君はいつも親戚に行っても決して騒ぐようなことはなく、大人の中にだって長い時間我慢して座っていられるのだ。そして「頭のよさそうな子だ」「この子は偉くなる」と言われることが、母親の自尊心を満足させていた。
それが今日は親戚の家で餅を食べすぎたことが、母親の自尊心をいたく傷つけた。母親は社長の息子が頭がよくて医学部に入ったということが羨ましくてしかたなかった。「自分の息子だってその時になればいい大学に入れてやる」そんな対抗心で母親はいたのだ。「その時は見返してやる」と。
ところが弟の小姑がお勝手に連れ出したがばっかりに、こともあろうに餅をパクパク食べてしまった。本当に面目も何もなくなってしまった。
社長の家は事業に成功して広い庭には玉砂利がきれいに敷いてあり、家も2階建てで塗り付けた壁に瓦屋根が葺いてあって立派だった。桑畑の中に建っていて外壁はトタン張りな上、屋根にはスレートが載せてあるK君の家とは大違いだ。正月の料理も大勢でも食べきれないほどの量で贅沢だ。社長も奥さんもニコニコして満足そうに見える。下請けだと思って弟を紹介したら、逆に余裕を見せつけられる形になってしまった・・・。
K君は怒鳴り続けている母親に対して、「食べ過ぎると行儀が悪いんだな」と思った。
―いつもは食べないと怒るのに、今日は食べて怒られたのだ。状況によってやりかたは変えなくてはならないし、それはとても難しいものだ。そういうことは教えられずとも、前もってわきまえていなければならないようだ。
そもそも社長の大学生の息子に小学1年の子を対抗させていること自体無理な話なのである。大勢といるところではいつも通りおとなしくしていても、優しいおばさんと二人になったら子どもらしさが出るのがかえって普通のことだ。子どもに対して思いやりや共感の持てない母親が、自分の劣等感のはけ口としてK君を怒鳴っているのだが、小学1年のK君にわかるはずもない。こういった経験を繰り返すと何があっても自分のほうが悪い、自分はだめだ、といった劣等感のみが子どもの心に積み重なっていく。
(一方一連の様子を見ていた父親はといえば、帰りの道中車を運転しながらK君に助け船を出すでもなく、延々と続く母親の怒鳴り声にひたすら同意し続けていた。)
*K君の母親は自己愛性パーソナリティ障害と思われる。