K君の母親Fは女子高に通った頃の苦労話が定番だ。Fは昭和14年の早生まれで、同学年の女子の高等学校進学率は46%であった。F本人の話によると、その両親の方針で女の子なので高校へ行かなくてもよいと言われていたが、そこそこの成績をとっていたためにA市の女子高への進学が諦められず、親に内緒で願書を出したのだという。受験したところ合格したので頼み込んで行かせてもらえることになり、バスでは金がかかるからと自転車で通うことになったという。

 この通学距離がいかに長くて大変だったかというのがFのお決まりの苦労話なのであり、それを「お前たちにはできるわけない」という口調でK君やその妹が子どもの頃に言って聞かせたのだ。今は50代になったK君が最近NAVITIMEで調べたところ、田舎にあるFの家から女子高までの距離は15.5km、標高差120mで、今の道路と自転車の基準では往路1時間11分,復路1時間14分、消費カロリーは往復で714.7KCalである。

 

 Fはいかにも大変だったというふうに話していたが、実際このくらいのことは大したことはないのである。K君が陸上長距離走をやっていた頃は、これとは比べものにならないくらいのカロリーを走って消費していたし、K君の高校の同級生にだってこのくらいのカロリーを要する距離を自転車で通っている者はいたのだ。今K君が仕事上知っている高校生も、運動のためではあるがこの2倍の距離、標高差を毎日通っている。今はNAVITIMEのようなソフトがあるから、かつて母親の自慢していたことがこの程度だったことはばれてしまう。

 

 このことを示せばは昔の自転車と砂利道だから今とは比べものにならないと言うに相違ない。しかしFと同年齢の女性が今K君の家の近所に住んでいて、その人は子どもの頃に距離8.8km、標高差240mを小学校5年から中学3年まで、片道2時間以上かけて実に徒歩で通学していたのである。NAVITIMEによれば往路1時間53分、復路2時間26分、消費カロリーは往復で1061.6KCalにもなりFの通学で要するカロリーよりずっと多い。Fもこの人も、両方同じ基準で計算しているのだから、この人の方がFよりずっと大変だったことがわかる。むしろこの人の方が小学生,中学生の時分(昭和24年~28年)の話であって、高校生だったF(昭和29年~31年)よりも時期的に早く、まだ子供で体力もないし、またこの人の住んでいた地域の方が母親よりずっと田舎なのだから道も悪く、それを計算にいれればその差はさらに大きいことになる。しかもこの人の住んでいたのは、関東の平地にいたFとは違い、冬にはマイナス20度にまで冷え込むような所だ。だからといってその人が、通学に苦労したことを特に人に自慢して語ることなどない。問われれば「昔はみんなこんなだった」と言って答えるだけのことである。

 

 Fは当初、同じ中学からA市の学校に上がった同級生たちは皆バスで通ったが、自分はバス代をもらわなかったので一人だけ自転車で通わなくてはならなかったと言っていた。ところが15年もしたらその話の内容は変わり、友達は新しい自転車で楽そうだったが、自分のは母親が豆腐の行商に使っていた古い自転車だったので大変だったという。自分の都合のいいように事実をつくり変えることはFにはよくみられ、結局自分だけ大変だったのではなく、自分の自転車は他の子より古かったことの不満があるのだ。また何よりも自分が支配する子どもに対して、「苦労をした自分は立派な人間」「お前たちは私を尊敬しなければならない」「苦労を知らないお前たちはダメ」と言いたいのである。

 

 よく考えてみれば義務教育ではないのだし、もともと親が反対していたのを無理に行かせてもらっているのだから、当然感謝しなければいけないのだ。Fは授業料納入の期限になると、母(K君の祖母)が豆腐の行商で得たお金をなんとか集めて渡してくれ、学校の窓口に小銭で持っていくのが恥ずかしかったという。それではもっと苦労していたのはむしろK君の祖母のほうなのではないか? その感謝の言葉はなく、自分の苦労話にして支配道具に転換するのだ。

 

  過剰な管理や虐待をされている子どもたちは一般に自分は虐待されているとは考えず、「うちは他の子のうちより厳しい」という程度にしか認識していないので、苦労話を聞けば「お母さんは本当に大変だった」「お母さんはかわいそうだ」と思い、「お母さんみたいに立派になるには自分も少しは我慢しなくてはならない」と考えて、他の子が普通に許されていることを制限されていても耐えるようになる。本当に親が苦労していたとしても、そのことについて子どもに責任はないのだから、苦労話を種にして子どもを過剰に支配し、まして虐待することの根拠には全くならないのだが、子どもにはそれがわからないから自分は我慢しなくてはと思ってしまうのだ。虐待者は、非常に不思議なことだが、自分の苦労話が支配の道具になることを知っているのであり、それを巧みに活用しているのである。