K君の中学校では3年生の春に修学旅行があった。行先は静岡と箱根だ。登呂の遺跡や久能山東照宮、三保の松原や大涌谷などを訪れる2泊3日の行程である。
K君は同級生みんなと一緒にそれぞれの場所で遊べることがとても楽しく、夜に広間に集まって行うゲーム等の行事では率先して笑われ役をやったりして子どもらしくはしゃいだ。
箱根では有名な小涌園ホテルの団体部屋に泊まり、一枚で何人分もの布団に敷ける大シーツにびっくりしたり、お決まりの枕投げに興じたりした。
学校に決められていた旅行のお小遣いは2500円で、K君はそれで中学生がよく欲しがるようなピンバッジを買ったり、石垣イチゴのジュースを飲んだりした。家に「茶餅」という和菓子のお土産も買った。それまでK君は自分でお土産を買うような旅行に行ったことはなかったが、先生からお土産を買う時の注意という話があったので、家にお土産を買う気になったのだ。
小涌園ホテルでは、廊下の端に髭剃りの自動販売機があるのを見つけ、I君とふざけ半分にこれ買って風呂のときに剃ってみるかという話になった。髭などやっと薄く生え始めたばかりで、ひと月半に一回の床屋の際に剃ってもらえば足りていたのだが、大人になることへの興味や修学旅行という非日常的状況、またちょうど販売機を見つけたタイミングがこの行動を促したのである。
髭剃りは50円とホテル価格で、使い捨てのものにしては当時にしても高めだったが、I君が一緒ということもあり、毎月の小遣いは同級生の中でも少なくてお金を大切に使っていたK君も、この新しい体験への試みをさほど躊躇しはしなかった。
大浴場で試してみると思ったより剃刀の切れは悪く、髭自体が少ないこともあり、初体験のK君には皮膚を軽く引っ掻いている感じがしただけで実際に剃れているのかどうかもよくわからなかったが、それでも何か新しいことをやってみたことに満足した。
髭剃りはどう処分したらよいか迷ったが、すぐに捨てるのも惜しい気がしてそのまま持ち帰った。
■親の反応①(お土産に対して):帰宅したK君は「これ買ってきた」といって茶餅の箱を母親に渡した。母親は「お前が何を買ってきたんだ」と言って受け取り、ほかにさしたる反応を見せなかった。
夕飯時になって父親が土産のことを切り出した。顎を軽く挙げて、どうせたいしたものではないだろうという調子でこう言ったのである。
父親:「お前が何か買ってきたんだってぁ。買ってきたんじゃあもらっておくから。」
K君:「・・・」
父親:(茶餅の箱の開けてみて)「こぉんな緑色のなんか、着色料が入っているんだあ。」
K君:「・・・」
母親:「ばっかが、なんにも考えねえで買ってくるから。」
K君が買ってきた「茶餅」は確かに比較的鮮やかな緑色をしており、当時のことで添加物の細かな表示などはなかったが、それだけの緑になるほど抹茶を使っているとは値段からいっても考えにくく、添加物が入っているらしいことはみてとれた。父親は普段から添加物等を嫌う傾向があったが、それでも人にもらったものなど特に甘いものは好物で、一々気にせずたいがいは食べていたのだから、K君のお土産にかぎって見たはなからそんなことを持ち出すのはおかしなことだ。
雰囲気がよくないのでK君もだまってしまった。K君が初めて家族のために買ってきたお土産に対する反応がこれである。たいしたものではなくとも少ない小遣いの中から何がいいだろうと時間をかけて考え、選んで買ってきたのだ。「よく買ってきてくれたね」とほめることもせず、お礼の一言もなく、逆にまるでテストで悪い点を取ってきたかのような反応だったが、子どもがやることに良い評価を与えないのはこの家の常なので、添加物のことまで考えが及ばなかった自分を少し責めたほかは、K君はそれ以上気に留めなかった。
実はお土産に戸惑ったのは子の成長、特に親子の立場の逆転になるような成長を喜ばない母親だった。息子が親のために買ってきた、ということ自体に戸惑ったのである。「こんなの買ってきた」という言い方で父親にK君の土産を見せたことで、父親は自分の支配者でもある母親の不機嫌を知り、それに同調してK君に不満を伝える役を自然に担ったのである。
父親は仕方ないから食ってみてやるといった言い方で茶餅を一つだけつまんで食べ、「ああ甘いや」と言ってあとは食べようとしなかった。ずっと甘い最中などいっぺんに四つでも五つでも食べるのだからおかしなことだが、K君はとにかく自分のしたことは、いつも母親に言われるような「考えなし」のことなのであり、自分のほうに非があると思った。心を空しくして何も感じなくすることや、自分のほうが悪いと思うことはこういった状況を切り抜けるためにK君が身に着けている方法である。
とにかくすべてのことにいっぺんに配慮できる、完璧な人間にならなければいけないのだ。そうでなければこの世では生きていけない。自分はまだまだそれには程遠い、母親に常に言われるとおり、「クズな人間」でしかないのだ。K君はいつものとおり自分でそう納得した。
台所の茶箪笥に置かれていた茶餅は、その後何日たっても減っていかないので、K君がひとつ二つと食べ、結局ほとんどK君自身が食べた。
■親の反応②(髭剃りに対して):そうこうしているうちに母親はK君が修学旅行に持って行ったバッグを調べ始めた。スポーツバッグの中にK君が小涌園で買った髭剃りがあるのを見つけ、「おい何だこれは!」「なんでこんなものがあるんだ!」と騒ぎ始めた。
母親:「お前がなんで髭なんか剃らなくっちゃならねえんだ!」
K君:「ちょっとやってみただけだよ。」
茶餅の件では親に対してしたことが「間違い」とされたので、あたかも答案ができないで叱られたかのように黙って、いつもそうするように心を空しくして時間が過ぎるのを待ったが、髭剃りの件では不意をつかれ、まるでいたずらしたことを取り繕うように言葉を返した。
母親:「はあ?! 髭なんか生えてもねえくせに!」
K君:「I君だって買ったよ。」
母親:「こんなもんいくらしたんだあ!」
K君:「30円だよ(とっさに安めに言った)」
母親:「おめえが髭剃る必要がどこにあるんだ!!」
K君:「・・・」
母親:「このばぁっかが! 修学旅行に行って何やってんだ!」
怒鳴りまくる母親の横にいた父親はその髭剃りをつかんで洗面台に行き、ほどなく帰ってくると「こんなもん全然剃れやしねえや。安物だあ」と言って戻ってきた。使い捨てなのだから当たり前であり、父親には当然それがわかるはずがだが、わざわざそんなことを言うのは母親に加勢するためである。
子どもが使い捨ての髭剃りを買って試してみたなどということは、別に叱ることでもなんでもない。両親の言動のほうが理不尽であったが、K君は秘密の行動を暴かれた一種のうしろめたさのような感じもして、それ以上なにも言わず我慢していた。そして結局無駄なことをした自分が悪いのだと思った。
母親が強烈な反応をしたのは、K君が成長することへの警戒、特に性的な成長への拒否であり、また父親が母親に同調反応したのは父親自身が母親の支配下にあることから、家庭での自己の立場を守るための合目的行動である。「ちょっと髭を剃ってみたくなったんだよね」などと、男同士として庇ってくれるようなことはこの父親にはありえなかった。K君の父親はまさに母親の意を汲んで動く「手下」なのだった。
子どもにはほかの家庭で普通になされている会話がどのようなものかはわからない。修学旅行から帰っても、「どうだったか」「何が楽しかったか」「何ちゃんと何をした」などという会話が全くなく、あら捜しをして叱りつけるだけの自分の家庭が異常なのだと、K君が気づくのはまだ先のことである。