K君が5歳になる頃、飼っていた犬のリーが死んだ。白い雑種の犬で、孤独なK君の大切な友だちだった。もう老犬で、だんだん食べる量も少なくなっていたから仕方なかった。父親が家の隣の桑畑の隅に埋めるといって穴を掘り、リーを横たえた。K君と母親、それに近くに住んでいるおばさん(父親の義姉)と、K君と歳の近いいとこ2人が見守った。
 
母親は義姉の前でいいところを見せようとしたのか、K君といとこたちにキャラメルをひとつづつ配り、リーが好きだったからとお墓に一緒に入れてやるよう促した。いとこたちは言われるまますぐにキャラメルを穴に投げ入れたが、キャラメルは包み紙がついたままリーの胴体のあたりに転がった。K君はこのままではリーが食べられないと思い、自分に渡されたキャラメルの包み紙はむいてからあげようとした。
 
ところがそれを見た母親はすかさずチッと舌打ちして、「お前が食べるんじゃないんだよ!ばっかだねえー。自分で食う気になってらあ!」とあきれたように言った。K君が自分で食べようとしていると誤解したのだ。リーにあげるよう渡したのに仕方のない子だというわけである。K君は母親と二人だったら、「僕が食べるんじゃない。リーが食べられるように紙をむくんだ」と言えたかもしれないが、おばさんやいとこたちの前だったので、みんなにも自分がダメな子だと思われたと感じてまごついてしまった。あわてて早く紙をむこうとしたが、かえってうまくむけなくなり、母親はさらにイライラして、「お前が食べるんじゃないって言っているだろう!しょうがない子だねえ。早くしな!」とさらにK君の頭を後ろから小突いた。K君はしかたなく、紙がむきかけになったキャラメルを穴のなかのリーの口元においた。
 
勘違いをしているのは親のほうであり、子どもは子どもの考えで親が考えるより立派にやろうとしていることはよくあるのだ。
 
「本当は君がちゃんとキャラメルを食べられるように紙をむいてあげたかったんだ。ごめんよ、リー。」