保育園から小学校にかけてK君は母親が買ってくる計算や漢字のドリル問題をやらされていた。低学年までは母親でも教えられたので何ページまでやっておくようにと指示し、K君が広告の裏などに問題を解いて、あとで母親が答え合わせをするのだ。

 問題をやっている途中で母親は様子を見に来ることもあれば、しばらくやって来ないこともあった。

 

 ある時のこと、指示された範囲が終わってしまうとなかなか母親がやってこないためK君は手持無沙汰になり、もう一度やってみたり、表紙の裏にある文章を読んだりしていた。

 それでも母親が来ないので、自分でドリルの後ろのページを少しめくっては答えを見て合っているか確かめてみたりしたが、自分の解答を書き換えることはしなかった。

 

「できたか。」

 母親は家事の途中で戻ってくると、K君が解答ページをめくっているのを見て、ツッツッツッと続けざまに舌打ちをした。

「何見てるんだ!答見て写してやがるか!」

 まずいことになったとK君は思った。説明しても信じてもらえず、一方的に怒られることになるのがいつものことだからだ。

「写してないよ。終わったから見てただけだよ。」

「写したか写してねえか、答えみりゃわかるヮ!」

 母親はK君の答をドリルの答と見較べて採点し始めた。

 数十題のうち、普段は2~3題間違えることも多いK君だったが、この時は答がことごとく合っていた。母親は途中から数題ごとに、「ほうれ見ろ、写したんだがね」「ほうれまた合ってらあ」と言い、強く舌打ちをしながら丸をつけ続けていたので、横で見ていたK君は全部合っていたら写したのと区別ができなくなると思い、気が気ではなかった。

 

 果たしてこの時は全問正解だった。

 母親はK君のほうに居直ると揺るがぬ態度で怒鳴りつけた。

「何でお前はこんなことするん? お母さんが見てねえからってごまかして、恥ずかしくねえんか。うそつきは泥棒の始まりってんだぞ。お前は泥棒だ!」

「僕、答見てないもん」

「またうそつくんだな! うそを隠すためにまたうそをつくんだな! そうやってうそがどんどんでっかくなって引っ込みがつかなくなるんだ! こいつは恐ろしいやつだ。ほんとに犯罪者になるヮ!」

 

「こ、答見てないよ。」

 母親はK君を小突き始める。

「ほれまた嘘ついた。何回嘘つけば気が済むんだ! さっき見てただろうが!」

「お、終わってから見てたんだもん。」

「じゃあ何で全部合ってるんだ!」

 K君はしゃくりあげながらも説明しようとする。

「こ、答は見てないけど、問題やったら、ぜ、全部合っていたん…」

「ふざけんな、ほんとにヤな奴だな。初めから全部できるようならこんなことさせるわけねえだろう! まだそんなこと言うか! ほれ! また嘘ついてみろほれ!」

 母親は裁縫用の物差しでK君の手をパシッと叩いた。

「この野郎、まだ嘘つくか! おうおうおう! どうなんだ! おう! 言ってみろ、また嘘つくんか!」

 

 答を写していないのだから、それを写したと言うほうが嘘になるわけで、本当のことを言えというのなら写していないと言うことになる。それなのに写していないと言ってはダメだというのだ。これはダブルバインドである。ここで写したと言うことが嘘にならないためには、そう言うように強いられたことを言わなくてはならない。

「ぼ、僕、答見て、や、やっていない、けど、終わったあとで、見ただけ、だけど、お母さん、が、答を、見たっていうので、答を見て、やったことにします…。」

 K君は最後の抵抗をしたのだが、これがさらに母親を逆上させることになった。

「なんだと! あきれた! 今度は人のせいにしやがるかこのガキが! おっそろしい。なんで素直にごめんなさいって言えねえんだ。ばかやろう! 人には誰だって間違いがあるんだ。それを直せるかどうかなんだ! お前は答を写したことを反省してあやまんねえから人でなしだ! そんなやつはウチの子じゃねえからもういっさい構わねえからな! このクズが! これでもわかんねえか! この野郎!」

 

 物差しでさらに手や頭や背中を繰り返し叩かれ、とうとうK君は事実と反する告白をした。

「こ、答を写しました。」

「ふん! ほれみろ。謝んなきゃだめだ。謝る気はねえんか!」

「ご、ごめんなさい。」

「もう謝っても遅えや。おめえなんかもう知らねえからな!」

 

 K君にはこのような体験が日常的にあったが、悔しさ、恐ろしさといった感情のみ強く残りエピソードの細かい内容は記憶に残っていないことがほとんどである。このため後日虐待体験を他者に語るときに、いくつかのエピソードを除いて実際に何があったかを思い出せずに当惑してしまうことが多いが、これは虐待の記憶に特徴的なことなのだ。