人が幸せになるとはどういう事かな?
全てにおいて満たされている事を言うんだろうか?
例えば何も上手く行ってないのに、たったひとつのきっかけで心の中に幸福感がジワーッと広がる時がある、確かにあの時人は幸せという状態だ
じゃーそれはなんで継続されないんだろう?
幸せとはなんなのか?を追い求めるよりも、自分が今幸せでないと思う要因に注目した方が効率的だろうな
だって人には欲があるから、幸せを探してかき集めても足りないような気がする
だからなんで自分は幸せじゃないと感じるのかについて考えた方が幸せを知るにはずっといい手段だと思う
例えばお金がないとか?
お金が無いと不幸だと感じるのは欲しいものがあっても買えないという事だろうか?
ポンとお金が手に入ってそれを買ったら幸せになれるんだろうか?どうも怪しい
そのとき得られる幸福感は間違いなく持続しないと思う
例えば病気だとか?
病気じゃ無い、健康ってなんて素晴らしいんだろうと感じるのは病気になっているから何気ない健康な日々が輝いて見える
しかし健康なのに不幸だと感じる人はたくさんいると思う、それに気づかずに俯いて頭の中はがんじがらめに締め付けられて頭を抱えたまま絶望する人もいる、
シチュエーションでパターンで探しても幸せは見えてきそうもない
じゃーなんなのか?
自分は幸せじゃないと感じる心が不幸そのものなのではないかと考える
ベースはみんな幸せなはず
しかしこの世で生きていくということがそれを絡ませる
肉体的に精神的にありとあらゆる糸が絡んでいって周りを見ればどうもみんなが幸せに見えたりする
自分はなんて不幸なんだろうと感じる
それは本当に不幸なんだろうか?
隣の青い芝で寝っ転がれたら幸せなんだろうか?
自分家に青い芝を巡らせ隣と同じになれば幸せになれるんだろうか?
僕はよく自分について考える
画家である自分について
そういえば誰のことも羨ましいとおもった記憶があまりない
細かく言うと僕がいいなーとおもった人に取って変わっても幸せを感じれるのかが疑問なのである
僕は独自の幸せを、自分の心が幸せだと感じる事を積み重ねたい
ましてや自分が不幸なやつだなんてそうそう思ったこともない
哀れだと思うことはある!笑
できれば僕が感じる幸せを誰かと分かち合って、その人も僕と同じとか、違う視点でも何か幸せを感じてくれる人がいればよりいいとは思うけれど、そういう人がいない事が不幸だとは思わない
どちらかといえば僕の日々の幸せの中でそう言う同志が集まる時が楽しみで仕方がない
集まらなかったら?
大丈夫、僕は自分の幸せをわかっているし、それを積み重ねているから
僕がやることといえば、誰かに幸せを伝える努力をするということだけだと思う
結果よりもそこに向かって自分がいかに行動したのか?が大事なのである
行動して、失敗して学んで、反省して、また進んでいく、それでいい
僕は幸せなんだろう、だけど僕の知らない幸せがまだまだ、無限にある
それを体験できる事が楽しみで仕方ない
ましてや画家であるならば、全ての感情を絵画に昇華できる
不幸だと感じながら哀れんで、絵を描いて完成して、素晴らしいと自分で歓喜するのである
哀れだよな😂
人生が幸福か不幸かしか無いわけもなく、自分の生き方で未来や過去、もちろん今ですら変えられるし、それに合わせて感じ方も変化するのだから、今まで幸福と感じていた事を不幸に置き換えることもできるし、不幸が自分をここまで押し上げてくれたと感謝することもできる
今の自分の取り組みひとつでありとあらゆるものを変化させられる
これは素晴らしい事だと思う。
このブログの名の通り「芸術は世界を変える」のである
芸術は人がとらわれがちな現実的な物質的なものを埋めてくれるわけじゃ無いけれどそれ以外の全てに確実に変化や影響を与えている
それが響けば人の心が揺れ行動に変わり、確実に世界を変えていける、これは夢物語というよりも、僕自身が確かに昔芸術から受けた影響の1つが僕の人生を変えて、僕に関わってくれている方々の心にも何かを投げかけていると信じてる
目に見えない確かな事なんだと、それが僕を画家にしていると思う
僕は間違いなく画家である。
隣の芝生が青いのを羨むのでなく、画家として僕は隣の芝生の青さや自分の家の庭や空やそこに住む人々の営みを描く事が出来ることへ感謝するべきである👨🎨