僕の画家としての精神論を披露しても意味がないので僕の絵画について話をしようと思います。
今は情報化社会、いわゆるデジタルな社会です、絵画についてもワードを打ち込めばその絵の解説が事細かく出てくるもんです
なら
その解説を読めばその絵を理解できたことになるのでしょうか?
僕は決してそうは思いません
しかし、興味を持つ入り口になっていることは間違いありません、とてつもなく広い芸術と言う実態の掴めない未知の領域です、宇宙みたいなもんです
色んな画家がその宇宙に飛び込んでいます
僕もその一人
画家、飯田大輝と申します、よろしくお願いします
早速ですが何から話していけばいいのかなと悩んでしまいますが僕がまさに今制作途中の「御陣乗り」についての話を進めて行こうと思おます
まずこの絵のモチーフとなるのは奥能登の伝説に近い逸話がもとになっております
これは今でも御陣乗太鼓という名前で各地で講演が行われている無形文化遺産でもある太鼓を用いた氏神への感謝を込めた奇怪な大迫力の演奏です
最後まで完璧に叩き切れる人間がいるのか?とにかくかなり複雑な演奏です、YouTubeなんかでもすぐに動画が観れるのでよかったらどうぞ
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今でこそ一つのエンターテイメント的な要素がありますが、由来を調べてみると本来人を惹きつけるためのものでは無かったようですね
僕はむしろ逸話に残る御陣乗太鼓に惹きつけられたものです。
簡単にお話ししますね
戦国の世、上杉軍が奥能登まで進行してきたときの話
そこは漁村であり、自分達の村や家族を守るため、未来を守るために武器になりそうなものを手に取り応戦しますがあえなく敗退
圧倒的な戦力差です
そこで村の長老が奇策を打ち出します。
それは木の皮から作ったお面に海藻を髪の毛に見立て太鼓を打ち鳴らし奇声を発しながら敵陣へ乗り込んで行くというものでした
この夜襲は成功します、まさに狂気、常軌を逸した策であったと思います、それと同時に村人の覚悟と勇気と愛の勝利でもありました。
その時つけたお面は御陣乗太鼓面と呼ばれ今でも作り続けられております
このお面がまたかなりの雰囲気をまとっているし、お面として、芸術的視点で見ても僕の心に響くのです、太鼓の音と奇声が体を揺さぶってきます。
思わず最初のインパクトだけで僕はそのお面を絵画にしてしまったほどです。
夜叉面
これだけの、情報化社会です、お互いに顔をわらずとも一定の関係が保てるようになってしまった今、誰しもが顔にそれぞれ仮面をつけているような不気味な世の中です。
自分の姿を隠すためのお面か?
違う自分になるためのお面か?
死んだような顔の人間か?
生きてるようなお面か?
こと、この御陣乗太鼓面は現実の日本の奥能登で、死にたち向かった漁師達をまさにかたどったお面だったと思います。
しかし、夜中に仮面をつけ太鼓を打ち鳴らしながら村を後にした村人達は深い森に入って行きます、目指すは上杉軍の本陣
そして走る、息は切れ、体は震え、仮面の裏は涙で濡れていたのではないか?
次第に涙は声にも現れます、みんな同じだったはずです
そんな腑抜けた自分を振り払うように嗚咽はいつしか奇声に変わっていったのではないか?
村に残した家族の為、村の未来のために
そして乗り込む、敵の本陣のど真ん中。
これが御陣乗りです。
あくまで僕の勝手な想像力の話ですけどね。
僕はかなりのアナログ人間です
今はもう古いと言われてしまう、義理人情が心に沁みます
こういう精神構造に想像力が絡んで一つの絵画が生まれようとしています。
今までにもたくさんの作品を残してきました、しかしまだまだ画業も三年目
これから僕は画家として訴えるべきものがある限り描き続けます、その情熱を絵を通して感じていただけると嬉しいです。
インフルエンザ4日目、頭痛と咳が止まれば完治かな🙋♂️


