体現 | 芸術日和

芸術日和

打算的でなく

気を衒わず

純粋で

精神的な

プラトニックな芸術を!

芸術は世界を変えるんだ、本当に


意識を変えないといけないなと思っています

画家としてブログを書いてきました

今年で油絵を始めてから

画家を名乗り始めてから3年が経ちます。



まず最初の目標は個展を開催することでした

もちろん叶えましたよ


2年目の目標は継続と去年の自分に勝つでした

作品数や公募の出展、としては2年目は大成功でした



そして今年です

絵画の探求、公募展への出展、個展開催はもう当たり前のことになりました。

今までの自分の絵画からの脱却を目指しています

そして新しい物の見方を独自に思考錯誤しています。

けれどこれだけじゃまだまだダメなんです

何もしていないのではないか?という不安は拭えません、意識の改革をしようと思っています。


漠然とした目標ですが多分一番効果的です、絵画に対しての考え方を変えたいのです。


個展をするため、公募展に出すためにお金が必要であり、そのために、生活のためにバイトを休みなくこなしています

月に1日程度でそれ以外は朝から晩まで、それこそ日付が変わるまでです。



この生活をしながらも去年よりも作品は生き生きとしているし、制作スピードも上がっています。



しかし、これじゃダメだと思うのです

引き合いに出しても仕方ないですがピカソの制作スピードや、10年足らずの画家人生を送ったゴッホの狂気に身を置いた画家としての仕事と比べてしまうと僕の製作はまさに趣味のようです。


例えば僕がお金に困ることなく毎日好きに生きていいよと言われたら僕はどれほど絵を描くペースを早められるのでしょうか?

どれほど熱中できるのでしょうか?


画家として生きていきたいと言いつつも、案外今の生温い努力が心地いいのではないでしょうか?

深夜から朝方まで絵を描く日々の繰り返しが意外と文句を垂れながらもちょうどいいのではないでしょうか?


これはまさに趣味です、僕の人生になんの影響も与えていないような気さえして来ます。



ゴッホのようにかけなければ画家ではない!とは思いませんが。

自分頑張ってるなと思おうと頑張っているような気がしてくるのです、自分に酔っているような。


人に認めてもらいたいとか応援してもらいたいという甘い考えが僕の絵をそれなりのものに押し込んでいるような気がしています。


土俵に上がれていないのです。


何かとお金のせいにしているような気もして来ました、自分は報われない苦労している人のような境遇を自分で作り出しておきながらそれを人に話す自分にイライラするのです


しかし、バイトをしなくてはいきていけないのも事実なのです

この閉塞感に僕は最近イラついています、個展で絵は売れず、バイトをする、深夜に絵を描く、趣味なのか?このループから抜け出すことが今の僕には必要です

かと言ってバイトをせず、一日中絵を描けば売れるのか?と言うとそれはわかりません


売り絵を描いているわけではないのは事実ですので、ましてや、売れそうな絵でもないのはよくわかっています。

しかし、誰かが喜んでくれると思っています、僕の描く絵が心にかちっとハマる人が確実にいるはずなのです。

もっとたくさんの人に絵を見てもらう必要があります、しかしその場を作るためにはお金がかかるのです、バイトをしなくては画材も買えません。


このループの意識を改革しなくてはいけないと思っているのです。


僕には日本の芸術を推し進める力があるはずです

僕が裕福になることを望んでいるのではないです、僕が画家として日本に芸術に貢献したいのです、僕が絵画を見てなにか力をいただいたのだから僕にもできるはずだというチンケな理論ですが


本音を言うと認めてもらいたいという承認欲求や飢餓感、から来る自分は何者か?という問いの答えを体現したいのです。