lost generation 「失われた世代」
戦後、荒廃した日本に鋭く切り込んだ新しい価値観「堕落論」。
そして復興、より良い日本のために熱気ある目まぐるしい日本の経済成長、そしてバブル。
バブルが始まった時既に崩壊が見えていた、いつかは破裂する泡の中でたくさんの文化が飛躍した
いつだってあの頃は良かったと今になって思うもの、それは今の虚しさの穴から聞こえてくるようだ。
そして生まれる次の世代、バブルは崩れ去り高層ビルは乱雑したままに、街は虚しくきらびやかでどこか冷たい
昭和は良かったと平成生まれの僕たちには聞こえてくる、どこかの虚しい穴の底からである。
次の時代を引っ張るのは君達だと学校で言われた、その反面今の若者たちが可哀想だという声も続いて聞こえてくる
未来はそんなに暗い?
あれは教育改革だったか?学校はいきなり土曜日が休みになりのちのち、ゆとりだと言われる始まり、今の若者はぬるいと言われる、小学生の頃、何のことだかさっぱりだけれど、どこからか湧いた不穏な霧が立ち込めていたように思う、絵にかけるくらい鮮明に僕には霧が見えた。
それでも学生時代はやっぱり楽しかった、社会のことなんて興味がなかったし大学に行くなんて僕は考えられなかった、高校よりも長い授業時間を椅子に座ってられる自信もなかった、何より何を学びにいくのかわからなかった、それよりもよっぽど絵を描いていたり本を読んで外を探検した方が面白いと思った。
中学生の頃に僕はイラストレーターか美容師で進路をある程度決めていた。
そして美容師として東京の街に引っ越した、冒険しがいがあったし、本を読みに行くところも、絵を描く所もたくさんある。
就職して言われた言葉は「ゆとりの世代が来たか」、だった。
次の世代はもっとヤバいぞと言っていたもんだから僕も次の世代はやばいのかと思った
確かにヤバかった。笑
体験談としては注意した女の子に泣きながら殴られた事か。笑
けどもっとはヤバいのは上司だと思った、もっともなことを言っていながらそれはどこか定型文のよう、心に響かなかった、俺がゆとりだからだろうか?
東京にも地元と同じような霧が立ち込めていた。
あれから何やかんやで6年経った、僕は3年前に油絵画家になった、画家になっても戦う相手はこの霧だ。
時代の変化に合わせて技術は進歩して随分便利になった、霧は深まった。
結局この霧はその時代の人が作った心のもやだと思う、虚しさの穴の底から湧き出てきているようである。
もちろん僕はこの時代しか知らないから全力で楽しませてもらった、しかし隠し切れない霧が路地裏や空き地、歓楽街、駅、人々の頭上、なんかををぼんやりと覆っている。
これは僕の心のせいかもしれない!
ここまでだとかなりくらい時代に感じると思うけれど、そうでもない。
タイトルの通り、その霧を振り払うようにみんな何かしらの行動をしている、今の若者の中にはかなりやり手の人がたくさん出ているし、世代関係なく社会で戦い抜いて何かを勝ち取っている人がいる、そうでなくても愛に溢れた人が必ず側にいるものだ。
ただ虚しいなと思うのは、金持ちになったやつが余裕なさそうに見えたり、うまくいかないやつがうまく言ったように話したり、何もしないのに語り続けるやつ
どうにもならなかった人は暗いニュースにちらほら同い年くらいの人々が出ている。
けどこれはどんな時代でも結局同じである、いいと言われた昭和の時代にもクソ野郎はたくさんいただろうしいい奴もたくさんいただろうし、違うのは時代のプレッシャーだろう
僕はこの平成生まれとして全力で来年年号も変わる新しい時代を生き抜こうと思う、絵を描けば描くほど明るく、霧が確かに晴れて行く
僕には未来が明るく見える、小さい頃からずっと
その過程を楽しめないやつに未来は来ないだろうな👨🎨
前のブログにも描いたけれど、この時代だからこそ光り輝く力強い魅力ある人々がたくさん生まれているという事実です、僕はそういう人にたくさん出会いますから。
僕もそういう人になりたいです🙆♂️
今日の一枚
No.58 「繁茂」
無口に佇む鉄筋コンクリートの塊と
騒がしい草木が教えてくれる
そこに立たされたものとそこで咲こうとするものにはこれほどまでに生命の煌めきが違う。
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