まとめへのピックアップ掲載ありがとうございます。
もし、私の拙い文章でもお役に立つようでしたら幸いです。


十和さんとの関係が進んでる話の途中ですが、どうしてここまで一生懸命になっているのか、ということの考察をしたいと思います。



誕生日について、相手の親にも会ったり、根回しをしっかりしたりして、睦月さんの時との対応の違いがハッキリと見て取れると思います。



これを相手が若くて綺麗だからでしょ…とか思っている人も多いかと思ったので、そこの訂正をしたいと思います。


確かに、パッと条件だけを見たら、十和さんと睦月さんの差は明白です。

学歴も、十和さんが大卒(マーチレベル)に対し、睦月さんは高卒でした。

見て分かる通り、私の中で学歴は一切見ていません。
学歴はその人を構成する重要な一要素かもしれませんが、その人となりや今後、一緒に暮らしていくに当たって特に関係のない要素だと思っています。

まぁ、自分も中退している身ですしね。



それでは、十和さんと睦月さんの大きな差は何でしょう?という話になりますが、圧倒的に違うのは


与える側と与えられる側


という点でしょう。

これはどういう意味かというと、睦月さんはどちらかというと、「して欲しい」という欲求の高い人でした。
恐らく、女性のほとんどはそういう人だと思います。

一方で十和さんは「してあげたい」という考えの持ち主です。

ここには大きな隔たりがあります。

勘違いしている人も多そうですが、「してあげたい」というのは、自分への見返りを求めないというのが重要です。

私だって、「してあげたい」側だ!とか思っている人でも、してあげたことに対して見返りを求めていることがほとんどだと思います。

私もそうです。
前の彼女と付き合っている間は見返りを全く求めなかったのですが、与え続けている状態が続いたためにそこに気付いてしまい、気持ちが冷めてしまいました。

なので、その経験を経て見返りを求めるようになりました。

ただ、十和さんなら、与え続けないと、それ以上に与えられてしまうため、一生懸命にならざるを得なかったのです。


こればかりは親の教育や育ってきた環境が大きく、後から身に付くようなものでもないと思います。


親が子どもが一人立ちできるように、しっかり教育しつつ、程よい愛情を与え続けるというのが大事だと思います。


親が何でも与え続けると、子どもは与えられる側にしかなりません。
ただ、逆に与えなさすぎると大人になって与えられる側に憧れて、与えられる側になってしまいます。
そこのバランスが大事なのだと思います。


して貰って当然とか考えている人は完全な与えられる側です。

気付ける人は気付いていると思いますが、

与える側=親
与えられる側=子ども

という関係になります。
親から子どもに一方的に与え続けるのは、それは親だから当然の話です。

けれども、男女の関係というのは対等な関係です。

なので、どちらも与える側でないと関係が成り立ちません。
二人とも与えられる側というのでも関係が成り立つと思います。

これまでお会いした人の中で、与える側だったのが十和さんと三奈さんだけだったと思います。


それがハッキリと見て取れたので、十和さんに一生懸命になっています。

一生懸命になっても、きちんとそのお返しをしてくれるという安心感が大きいです。

また、逆に、して貰っているだけに、こちらもそのお返しをしないと、いつ気持ちが冷められてしまうか分からない怖さもあります。


それが態度や行動に大きく出ているのだと思います。


これが、私が十和さんに一生懸命になっている理由です。