諏訪神社 その二

本日は、軽い内容です。

最近、石造物を見かけると、初めに字彫りを見るようになりました。
(これが、歴史ロマン・醍醐味の一つなんですね!)
(ワタクシ、無頓着でした。)

尾道市出身の狛犬殿
お清め前の龍殿。蜘蛛の巣があっても、髭みたいで良いかも!
樹木がいいですね
真榊は、樹木じゃない「真榊」かもね。
みんなで大切にしましょう!はいよ!
社額
諏訪社の徳川崇敬については、専門家にお任せします!
また来ます。

Thanks for stopping by!(カッコつけちゃいました。)
おみちよう!

(つづく)

 

諏訪神社 その一

諏訪社ですので、ご祭神は、建御名方神(タケミナカタノカミ)です。
神社庁のホームページを見てみましたら、もしかして、登録が諏訪社になっているかもしれません。

神社や神様の事は専門の方々にお任せし、私は自分目線でお届けします!

しばし、写真をご覧ください。

大きな杉ですね。
結界の中(鳥居の内側)から撮ってみました。
奥には、さらにもう一つ鳥居があります。
両方の柱に何か書いてあります。

見にくいですが、この鳥居が作られた年号と場所が書いてあるのです。
灯篭と狛犬も同じように書いてあります。

 

私は読めませんけど、柱には、天保15年と書いてあるようです。
天保15年は、西暦1844年でしょうか。


各種情報を検索すると、尾道市の「尾道の石造物と石工」という資料に行き当たりました。
資料によると、「青海 諏訪神社の鳥居(1844年)、備後尾道石工 惣八作」とあります。(写真の鳥居のこと)
http://www.city.onomichi.hiroshima.jp/ (尾道市指定の代表アドレス)

おおっ!これは、どうやって調べたんだろう?と思いますが、前に尾道の方が全国的な調査を行ったようですね。
凄い調査です。

 

さて、鳥居や狛犬の石造物は、北前船(きたまえぶね)と関係があります。

尾道を通り、瀬戸内海から下関、出雲、能登を経由して糸魚川へ。


石造物は商品の一部として、または荷を押さえる重石として、はるばる糸魚川へ来てくれました。
そして、さらに北海道へ。

私は、やっとこの場面にきて、「石工(石材加工する人)」も見学ポイントだ、ということに気付きます。

素人取材とは、こんなもんです。 
悪しからず。 

 

見ていただき、ありがとうございます。
おみちよう!

(つづく)

 

北前船から小舟で荷を運んだ「八千川」

現代は両岸を整備しています。
でも、昔の地勢が残っているので、深さがあります。

日本海方面を写しています。

日本海で停泊する北前船から、小舟に荷を積み換えて、この八千川を使って運んだということです。
もちろん、小舟だけではなくて、陸の道を使って運ぶ方法もありました。
(※ 北前船がどのように停泊していたか、まだ調査していません。悪しからず。) 

長野県側を写しています。

八千川の分岐点

日本海から約1.5kmほど行きますと、八千川が分岐します。
地元の資料では、塩の道は下の写真①の方向へ向かうようで、
この分岐点に諏訪神社があります。

 

須沢臨海公園の説明板に「塩の道は諏訪社に始まり、諏訪社に終わる」と書かれていました。
 

神話などによると、奴奈川姫(糸魚川)と大国主命(出雲)の子どもが建御名方命(タケミナカタノミコト・諏訪市・諏訪大社)で、そんなご縁から、沿線に諏訪社が多いのかもしれません。
古い言い伝えですので、歴史ロマンの話の一つです。

 

さてさて、分岐点の諏訪神社です。

 

標柱の解説が気になりますね。
後日解説できるように、調べてみます。

 

ご覧いただいて、ほんと、ありがとうございます。
おみちよう!

 

(つづく)

 

北前船から小舟で荷を運んだ「八千川」

現代は両岸を整備しています。
でも、昔の地勢が残っているので、深さがあります。

日本海方面を写しています。

日本海で停泊する北前船から、小舟に荷を積み換えて、この八千川を使って運んだということです。
もちろん、小舟だけではなくて、陸の道を使って運ぶ方法もありました。
(どのように停泊していたか、まだ調査していません。悪しからず。) 

長野県側を写しています。

八千川の分岐点

日本海から約1.5kmほど行きますと、八千川が分岐します。
地元の資料では、塩の道は下の写真①の方向へ向かうようですが、
ここに諏訪神社があります。

 

須沢臨海公園の説明板に「塩の道は諏訪社に始まり、諏訪社に終わる」と書かれていました。
神話などによると、奴奈川姫(糸魚川)と大国主命(出雲)の子が建御名方命(タケミナカタノミコト・諏訪市・諏訪大社)ではないか、というご縁があるようです。

 

よって、諏訪-糸魚川の沿線には諏訪社が多いようです。

 

なるほど!分岐点に諏訪神社がありました。

標柱の解説が気になる今日この頃です。
次回解説します。

ご覧いただいて、ほんと、ありがとうございます。
おみちよう!

次に、進みます。

概ね起点の解説板

起点はどこかな、と思ったのですが、明確ではないようです。
そんな中、道の会の皆さんが設置してくれた解説板があります。

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起点じゃないけど、概ねこの辺りという事で!
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案内板のタイトルでございます。
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内容です。

何が書いてあるかと言いますと、
⑴ 西の松本街道である。
⑵ 北前船の荷を、小舟を使って、八千川で運んだ。
⑶ 神話を考えると重要な道らしい。
⑷ 木曽義仲、上杉謙信、武田信玄と、歴史上の人物と関係があるようだ。
⑸ 自然景観が素晴らしい。

歴史では、いろんな方の想いがありますけれど、
道の会の皆さんのロマンが書かれています。

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私は、車で平岩まで行ってみます。

概ね起点の標柱

帰りがけに「こっち」方面へ行ってみたのです。

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知ってて通った訳じゃないのです。(ホントに)
なんか視線に入りまして、駐車場に止めて、よく見たら・・・

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中央右あたり

「入口」が設定されていました。
「起点」じゃなくて、上手な言い方ですよね。
どこかで真似しようかな。

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標柱

ここから先、特に「西廻り」の路順は、設定されていないようです。
歩くなら「矢印」の方へ行きますが、距離が長いですし、国道や県道を経由して、ナビや地図を使って、車で行くことをお勧めします。
私も、車で取材しました。

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須沢臨海公園

子どもの大型遊具、芝生広場、ドーム、オートキャンプ場もあります。
健康づくりにどうぞ。

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見て下さって、ありがとうございます。
おみちよう!(方言)

つづく