山岸豊後守

取材中、よく道端から呼ばれます。
左から、また呼ばれました。

今度は、左
 

山岸豊後守は、戦国時代に生きた長野県の「小谷○○人衆」と言われた人。
武田信玄と最後まで戦ったようです。
上杉謙信を頼って越後に亡命し、県境に近い、この大所で警備と農業を始めたと・・・
大所に山岸姓が多いのは、そういう事らしいです。

 
 
勢ぞろい
 
あと少し

次の回が、塩の道西廻りの最終回です。

ご支援いただき、ありがとうございました。
西廻りのことが、記録の一部として残りますように。

ご覧いただき、ありがとうございました。
西廻りのことが、記録の一部として残りますように。

なお、次シリーズまで、少々お時間をいただきます。(予告)
その間に、短編の取材を掲載するかもしれません。

 

こんな感じです。
おみちよう!

ここまで来たら、右折です。

 

県道をズンズン登ります。
ヘアピンカーブがあって、勾配がきついので、気を付けて!

⑴ 宝生スキー場だった山林

下の写真は、来た道の途中で、平岩方面を振り返った景色です。
昔、ここにスキー場がありました。
宝生(ほうしょう)スキー場と言いまして。
リフト乗り場付近で上手に止まらないと、県道に転落します。
って、本当です。
本当なんです。

うひょー。

(下の写真)今度は、向かう方向の景色です。
本来の塩の道は、山を通って、川を渡って、大所に着きます。

 

⑵ 諏訪神社

大所の集落が見えたら、また右から呼ばれました。

呼んでる呼んでる!

おお、ここにも諏訪神社がありますね。

 

⑶ 相馬御風の・・・

標柱の裏側。
下の写真です。
相馬御風は、明治後半から昭和初期に生きた、糸魚川出身の文人です。
「早稲田大学校歌(都の西北)」や童謡「春よ来い」、松井須磨子「カチューシャの唄(2番から5番)」の作詞をしています。
が、それだけではない地域の重要人物だと、私は思っています。

いつか、別の「取材編」でご紹介したいです。

さて、標柱の裏はといえば、(次の写真)
・・・えええ?・・・これは読めない・・・

特に上段の「相馬御風」の上は、何だろう?
「頁」が頼りですけど、何だろう?
何だろう?

 

さて、糸魚川の相馬御風が、ここで現れたのも何かのご縁です。
(ちなみに現在、相馬御風関連の映画撮影企画が、進行中)

そんな事もあり、諦めてはいけないので、お借りした資料をみましたら、運良くヒントがありました。

ヒントからすると、表示は、こうなります。

「大所の諏訪神社は、標高440m西廻り塩の道の南端の社である」
「社額は、相馬御風●の書である。祭神は奴奈川姫と出雲の大国主の命の間に生まれた建御名方命である。」

社額です、社額!
糸魚川の文人「相馬御風」が書いた社額だということでした。
1文字分かりませんが、まあ、これでいいかな。

※ 社額は、別に保管されているようです。

正面から

⑷ 狛犬殿

左の狛犬殿も良いですが

左の狛犬殿が、かっこいいのですけれど、
右の狛犬殿が、大空に吠える感じで、とっても良い元気を感じます。

 

⑸ 隣に、殖栗順平さんの碑

下の写真、新潟県長岡市の、旧宝田石油(日本石油と合併)の方ですよね?
資料はなかったのですが、「#20」に書いてしまった記事で・・・

・硫黄のあるところ=概ね銀のあるところ
・大所(おおところ)という場所に硫黄留番所が設置される。

を思い出しました。

銀や硫黄があるとされている蓮華山に向かうには、大所が重要拠点になります。
深い探求が出来ていませんが、きっと資源の関係で、石油王とご縁があったのだと思います。

調査が中途半端で、ごめんなさい。
とほほ。

ちなみに新潟県本社、第四北越銀行の頭取は、殖栗頭取

最終回が近くなってまいりました。
おみちよう!

 

大峰峠を長野方面へ、下ります。

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最初は緩やか
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途中から、きつくなる下り。
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塩の道は、下の図のように「須合」を通過するようです。
ただし、今は渡る橋がありません。

よって、本日は、いったん山之防~平岩を迂回し、改めて「大所」へ向かいます。

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⑴ 「大所の吊り橋」
昔あった、つり橋です。
人と牛君にとって合理的な山道です。

⑵ ウエストンさん
なお、英国人ウエストン(宣教師、登山家)さんが、山之坊で一泊して、翌朝に、この橋を渡り、鉱山がある蓮華山へ向かったそうです。
※ ウオルター・ウエストン
  日本の近代登山の父
  1906年日本山岳会の初代名誉会長
(糸魚川市HPから引用)
(皆さん、こんな感じで良かったですか?説明が足りないですね?)

⑶ 山之坊地区
地すべり地防止区域だそうで、道が、アップダウンする場所がありますので、スピード注意です。

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⑷ いったん国道148号に出ました。
ここが平岩地区で、平成7年に大雨で集落の一部が被災しました。
なお、国道付近から見える景色は、ド迫力です。

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こっち方面へ行きます。

⑸ 平岩駅近く

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橋を渡ったら、右折しましょう。

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大所へ向かいます。

おみちよう。

 

⑴ 大峰地蔵

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久しぶりにお会いした、お二方。
いや、お三方でした。

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このお地蔵様は、糸魚川にある「原山地蔵」のご兄弟だそうで、縁あって信州に向かわれるとき、この場所で動かなくなって、安置されることになりました。

背が高くてジャンボマックスみたいです。
(ジャンボマックスって、知ってます?)
(8時だよ!です。)
(ええ~っ、聞いたことない?)

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奥様でしょうか?

いつも、お二人が見る風景

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⑵ 平成7年の7.11水害

平成7年に、豪雨で被災した平岩地区。(次回通ります。)
国道が通れず、この塩の道から平岩に向かったのです。
塩の道は、生命線。
昔も今も。

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お参りして帰ろう。

ちゃりーん。
おみちよう!

前回の分岐点から、再開してみます。 

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こんな道を通りつつ
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分岐点を左へ

さて、次の写真です。
空の写真しか撮れないような、
厳しい勾配が続く峠です。

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これだと、急こう配の雰囲気が分かりません。

舗装材が違います。

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県道で、こりゃあ、キツイ。

「急な」「つづら折りの道」を、歩荷先輩と牛くんは、荷を運びます。
こりゃあ、きっついですな。
長い、重い、水飲みたい。

やっと・・・

⑴ 頂上の図

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⑵ 2つの碑

左は、大峰地蔵さまの標札がわり。
右は平成7年の水害の記念碑。

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⑶ 裏側はこんな感じです。

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水!
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冷たー
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水が効きます。
次号へ続く。
おみちよう!