【書籍情報】
イシューからはじめよ 知的生産の「シンプルな本質」
安宅和人
出版社: 英治出版 (2010/11/24)
ISBN-13: 978-4862760852

【概要・コメント】
コンサルタントが書く、自己啓発本の一つである。

まず、大前提としてコンサルタントは知識のあふれる経営層と意思疎通を行うために、よく本を読み、よく勉強する。
よって、この手のビジネス自己啓発本はよく売れる。

また、この手の自己啓発本に総じて言えることだが、内容は大変興味深いが、そこに書かれていることがどこまで普遍的事実なのかには大きな疑問が残る。
成功者の成功体験を知ることは、一定以上の意味があるが、その成功のプロセスがどこまで汎用的なのか、実験も検証もされない。
よって、普遍的事実と思うにはかなり無理がある。

この書籍の著者は、生物化学の博士号を持っているということで、他の自己啓発本の著者よりも、普遍的事実に関する感度は高いと思われるが、それでも、この手の著者の経験をベースに啓発を行うタイプの書籍で、普遍性を求めるのは非常に難しい。

よって、この書籍は普遍的事実ではなく、成功体験からなにかヒントを得たいという人にはおすすめできるが、科学や技術の真実を知りたい人には残念ながらおすすめできない。

また、この本に書かれていることは、出版された2010年当時は新しかったかもしれないが、2024年の今となっては、正直古びた内容とも言える。
よって、すでに大学・大学院の講義などで、「How toではなく、What toを考えよ!」と習った人は、あえてこの本を読む必要はないかもしれない。
もし、残念ながら大学・大学院の講義で、そのような教えに触れることのなかった方は、一度目を通してもよいかもしれない。

この本全体として、序章、1章、5章は読む価値が高い。
それ以外の章は・・・、という感じである。

プロジェクトを行うときに、イシュー(解くべき問題)ドリブンであることはとっても大切だし、プロジェクトの成果をプレゼンするときに、メッセージ(伝えるべき事実・結論)ドリブンであることはとても大切だ。

ただし、それらをつなぐ方法に関しては、多くの分野に適用される普遍的事実というには、少々無理がある。
このような、限界を意識しながら本書を読むと、誤解なく新しい物の見方を得られるであろう。

以下、本書を読んで気になった部分を列挙する。

  • P.36 バリューのある仕事をし続け、その質を保てるのであれば「仕事に手を抜く」こともまったく問題ではない。
  • P.37 「限界まで働く」「労働時間で勝負する」というのは、ここでいうレイバラーの思想であり、この考えでいる限り、「圧倒的に生産性が高い人」にはなれない。
  • P.39 「一次情報を死守せよ」というのは、私の大先輩が授けてくれた珠玉の教えのひとつだ。
  • P.62 仮説を深める簡単な方法は「一般的に信じられていることを並べて、そのなかで否定できる、あるいは異なる視点で説明できるものがないかを考える」ことだ。
  • P.74 学術的アプローチや事業分野を超えた経験がものをいうのは、多くが「自分だけの視点」をもてるためなのだ。
  • P.131 ストーリーラインの役割 立ち上げ段階 一体何を検証するためにどのような活動をするのか、という目的意識を揃えるためにストーリーラインが活躍する。
  • P.133 主語と述語を明確にし、一体自分は何を言おうとしているのかを箇条書きで明確にする「イシューと仮説出し」を日々行うことをお薦めする。
  • P.168 既存の手法に踏み込む感じが出てきたら、「イシューからはじめる」という考えで分析の設計ができている可能性が高い。
  • P.170 「目線の高い人は成長が速い」という、プロフェッショナルの世界における不文律
  • P.172 脳は「なだらかな違い」を認識することができず、何らかの「異質、あるいは不連続な差分」だけを認識する。
  • P.196 「持っている手札の数」「自分の技となっている手法の豊かさ」がバリューを生み出す人としての資質に直接関わる
  • P.198 <アウトプットの創出において>「受け手にとって十分なレベル」を自分の中で理解し、「やり過ぎない」ように意識することが大切だ
  • P.206 どんな話をする際も<中略>「的確な伝え方」をすれば必ず理解してくれる存在として信頼する。「賢いが無知」というのが基本とする受けての想定だ。
  • P.210 優れたプレゼンテーションとは、「混乱のなかからひとつの絵が浮かび上がってくる」ものではなく、「ひとつのテーマから次々とカギになるサブイシューが広がり、流れを見失うことなく思考が広がっていく」ものだ。
  • P.222 どんな説明もこれ以上できないほど簡単にしろ。それでも人はわからないと言うものだ。そして自分が理解できなければ、それをつくった人間のことをバカだと思うものだ。人は決して自分の頭が悪いなんて思わない。