自分には能力がある、
力があると過信していましたから、
人に何かをしてもらったり、
人に何かを頼んだりすることは、
できるだけ避けていました。
してもらうことや頼むことは、
自分の力が劣る事につながる。
そんな感覚でした。
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力があると過信していましたから、
人に何かをしてもらったり、
人に何かを頼んだりすることは、
できるだけ避けていました。
してもらうことや頼むことは、
自分の力が劣る事につながる。
そんな感覚でした。
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「ありがとう」も同じです。
「ありがとう」は人に何かをしてもらった時に
お礼を言うための言葉でした。
したがって、その言葉を使うことは、
人の力を借りたと言うことです。
それは、自分にとって望ましくない事でした。
(ぼくが正観さんから教わったこと 高島亮より)
今では、「ありがとう」は素直に出てきます。
でも、そう言えば、昔は言えなかったな。
何でも自分でできると思っていた。
人に頼むことが恥ずかしかった。
人にものを頼むと、借りができるようで嫌だった。
正しい人より
楽しい人へ。
「正しい」世界は、
自分でがんばる世界。
「楽しい」世界は、
自分以外の力も受け入れながら進む世界。
正しさを主張することは
「競う、比べる、争う」世界。
楽しさに乗って行くことは、
「きそわない・くらべない・あらそわない」世界。
「ありがとう」は人に何かをしてもらった時に
お礼を言うための言葉でした。
したがって、その言葉を使うことは、
人の力を借りたと言うことです。
それは、自分にとって望ましくない事でした。
(ぼくが正観さんから教わったこと 高島亮より)
今では、「ありがとう」は素直に出てきます。
でも、そう言えば、昔は言えなかったな。
何でも自分でできると思っていた。
人に頼むことが恥ずかしかった。
人にものを頼むと、借りができるようで嫌だった。
正しい人より
楽しい人へ。
「正しい」世界は、
自分でがんばる世界。
「楽しい」世界は、
自分以外の力も受け入れながら進む世界。
正しさを主張することは
「競う、比べる、争う」世界。
楽しさに乗って行くことは、
「きそわない・くらべない・あらそわない」世界。