死生観を持つ | 新・家元制度オフィシャルブログ

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先月、気功教室で
陰陽五行の「土」のワークで
砂漠で野垂れ死にして、土に帰るイメージトレーニングをした。
このワークをするとものすごく眠くなる。
潜在意識が「死」体験する事を拒んでいるからであろう。
今の若者が老後の不安を語る。
コレは、異常に「死」を恐れているからではないか?
身内の「死」を思い出しただけで、泣き叫ぶ若者が増えている。
自分だけ取り残される恐怖か?
それとも、自分もいつか死ぬという事への恐れか?
日本は信長が「人生わずか50年」と時世の句を詠んだ時代から
終戦まで400年間、人生50年時代が続いた。
この間の死への恐怖を飼いならす為の重要な指針として
「死生観」があった。
生きる事がすなわち、死を考える教育がなされてきた。
生と死を同じ比重で見ることで、
死を身体感覚で感じる教育が行われた。
戦後は「死」を隠蔽してきた。
教育も「生きる力」一本やり。
軍国主義への反省と反戦平和主義が「死」をタブー視してきた。
そのつけが、極端に「死」を恐れる風潮を助長させてしまった。
平等と個性と言う考え方も「死」への恐れを助長させる。
人間は生まれながら不平等なのに、
現実を乗り越えるすべを教えないで
人間は平等だと小学校から教えるから、
平等で無い現実の前に嫉妬と怨念を生んでしまった。
個性的でないと価値が無いという強迫観念が子供の心を萎縮させ、
結果的に、似たもの同士で群れる事に安住の地を求める若者を生んでしまった。
人間は「一人で生まれて、一人で死ぬ。」
この単純な原理を理解しない限り、
若者はこれから一生、「死」の恐怖に怯えながら生きていく。
「死生観」
生きるという事を真剣に考えるなら、
「死」について、
親と
友と
膝を交えて話す機会をもっと持つべきであろう。
一度、自分が野垂れ死にして「土」に帰るという
イメージトレーニングをしてみては如何でしょうか?
きっと、眠くなります。