桜の花はまだ少し時間がかかりそうです。

気がついたら木瓜が見事に満開になっていました。

ボケという名前はちょっとかわいそうですね。

認知症でも「ボケた」というのは禁句だそうですので「もけ」

「ボックワ」から転じたという説も、あるそうなので、そっちに戻してあげたいです。

今日は3月11日。テレビの映像は震災一色。2時46分には黙祷。

様々な映像を見れば見るほど復興したとは言えないし、除染作業は終わりが見えない。

オリパラの開催に向けて政府は必死だけど、復興オリンピックと呼ぶのは相応しいと思えない。

本当にと岩手、福島、宮城の人たちの、どれだけの人が開催で勇気付けられるのでしょうか?

原発もアンダーコントロールなんてできてやしない。

除染作業だけで5兆円を超えて、しかも杜撰な管理で私腹を肥やしている企業もあるとの報道もありました。

オリンピックは海外からのお客さんは来れない。ますます赤字が膨れて、こちらも数兆円。

なんだかお金の感覚が狂ってしまったようです。

政府も企業も「呆け」ちゃったと言ったら、言い過ぎでしょうか。

今週観た映画は「カポネ」。勿論、1930年代に名を馳せたギャング アル・カポネの物語ですが、刑務所から出て梅毒で苦しんで死ぬまでの晩年をフロリダで過ごした時を映画に。アメリカ・イタリアマフィアの映画と言ってもとっても人間臭い、ちょっと重い映画でした。

今日という日なのでエンタメ話は次回に。

 

 

 

 

 

昨日までは春の天気。そろそろ木の枝に蕾が。

これはソメイヨシノで、この木は去年ブログを書き始めた4月中旬には、花も散った、葉桜の写真を紹介しました。

まだまだ固い蕾ですけど、きっと満開の桜をご紹介しますね。

こちらはハクモクレンです。こっちは間もなく咲きますよ。

表題のアイドルのお話。

今回の芥川賞は宇佐見りんと云う21歳の現役大学生。

芥川賞だから読むわけじゃないのですけど「推し、燃ゆ」の推しに惹かれて読みました。

「推し」は、そう一番好きなタレントやアイドル、歌手を応援する、、そんな意味。

「推し高校生」の話。

そして「燃え」が「萌え」でないところが芥川賞の所以か。

過去に芥川賞が決まってすぐ読んだのは「火花」これは芸人さんが書いた芸人さんの話。

芥川賞と直木賞。純文学と大衆文学の違いが正直わかっていません。

でも読んだ両作品共、純文学と言われると、自分の思っていた純文学とはイメージ違いすぎ。、でした。

そして中森明夫。こちらは30年以上キャリアのオタク文化の担い手にしてアイドル評論家。彼の小説「キャッシー」

こちらは「推される」ほうの物語。

地方出身;小学校・中学校でひどいいじめにあって、自分ではアイドルには程遠いと思っている高校生が、グループアイドルになる話です。

ふたつの話の共通点が一つだけ、主人公の父親が娘に無関心。偶然でしょうか?

加藤シゲアキは言わずと知れたアイドル「NEWS」のメンバーにして今回は直木賞候補にもなった小説家。

アイドルは。今更ながら市民権を得たという以上に、ゲーム・アニメ文化に続いて世界進出の担い手になるのではと再認識させられました。

日本の芸能界にアイドルという言葉が湧いて出てきたのは50年ほど前ですかね。

ちょうどこの世界に入って、給料をもらい始めた頃。

アイドルは、ある意味蔑称でしたね。先の中森さんが1980年代に生んだ「おたく」もアキバ系の地下アイドルにたむろする男を言い表した蔑称と言われて、一時は差別用語として扱われたようで時代は変わります。

調べればアイドルはラテン語で偶像崇拝。そして世界的にはidolは1940年頃に、ジュディ・ガーランドが最初のようです。1960年代にはシルビー・バルタンが映画「アイドルを探せ」の主役でテーマソング歌って日本でもヒットしました。その頃はビートルズもアイドル。ジョンレノンにもリンゴスターにも推しがいました。

オリンピックからもアイドルは出ます。北野武はコマネチ推しかも。

日本でのアイドルはちょっと違いますね。

ジャニーズの第一号アイドル「ジャニーズ」は王道ジャパニーズ・アイドル。デビューは1964年。ジャニー喜多川さんはアイドルをアイドルとして絶対的な信念を持って死ぬまで60年にわたって生み続けてきたんです。

アイドルでいいじゃない!といってアイドルを堂々と演じた最初は天地真理あたり。男性ではやっぱりジャニーズ事務所の郷ひろみでしょ。

その頃から男性女性ごろごろアイドル。歌や演技は二の次。ルックス・人気第一。

そのせいか、1970年代にはアイドルとは歌や演奏や演技で評価されるのではなく、可愛いいというのが先行して人気が出た芸能人と受け取られ、アイドルと呼ばれるのを嫌った芸能人がたくさんいましたね。ジャニーズとちょっと毛色の変わったアイドルがグループサウンズから出てきました。

1970年に入ると、グループサウンズも下火になって、その中からソロ歌手や役者デビューしたのが沢田研二と萩原健一に代表されますね。もちろん、あまた多くのグループアイドルから抜きん出てきた二人ですから存在感も一流でした。1970年代を代表する二人でした。

萩原健一はストイックに役者道を進みます。沢田研二はアイドルと呼ばれることを厭わず人気歌手であり続けます。このたりからですか、アイドルとかアーティストとか役者という言い方にこだわるのは。

時代は回りますね。時を同じにしてフォークソング・ブームがきます。井上陽水とか泉谷しげるとか。顔は二の次。歌と作品で勝負の時代。(失礼)

でも、そのアイドルが今のように、認知され、オタクを堂々と自分の肩書きにする時が来るとは思ってもいませんでした。

次回もアイドルについてお話ししようと思います。

 

 

8時くらいまではひんやりとした空気ですが、8時を過ぎると急に暖かくなります。

今年初めて見つけた花です。だいこんの花・。

沈丁花もだいぶ開いて来ました。でも、まだ匂いはそれほどしません。

今日は、久しぶりに足を伸ばして小田急線の見えるところまで来ました。

一昨年の台風で景色が少し荒ぶっていますね。

多摩川の氾濫も決して珍しいわけではなくて、この先1キロのところ、狛江の河川敷公園には1974年に氾濫して民家が何件か流された碑が建っています。

少し下流の宇奈根は洪水で寸断されて、川崎にも宇奈根という住所があるそうです。

もっと下流の第三京浜あたりも住所は「野毛(ノゲ)」ですけど、少し北側は「上野毛(カミノゲ)」そして宇奈根と同じ様に洪水で分断されて、川崎側に「下野毛」(注”!シモノゲと読んで下さい)という住所も残っています。

1970年台「ドラマのTBS」言われた時代の「岸辺のアルバム」という名作ドラマがありました。ごく一般の家庭の妻の不倫で家庭が壊れていくドラマです。そのオープンニング・タイトルバックの映像は、74年の洪水で土手が崩壊して民家が川に流されていくニュース映像が使われていました。当時の会社の同僚が、その流されていく家が自分の家と言ってました。真偽はわかりません。そんな狛江の多摩川あたりが舞台です。

「流される家と壊れていく家庭」がドラマの主題を語っていました。

おそらく普通の家庭の主婦の不倫を主題にしたドラマはこれが初めてではないでしょうか>その直前には「だいこんの花」(テレビ朝日・森繁登場はテレ朝がお多かった気がします)というドラマがありましたね。こちらは1960年台後半から続く、明治生まれの頑固な親父と、質素で控えめな主婦、現代っ子の兄弟といったそれまでのドラマの定番。

こちらの主人公も、「岸辺のアルバム」で主人公八千草薫の不倫相手も、なんと竹脇無我さんでした。当時の彼の人気が伺えますね。

そして1980年台に入って同じTBSで「金曜日の妻たちへ」が始まります。

こちらの舞台は田園都市線のたまプラーザあたりのおしゃれな街並み。

出てくる家の作りもおしゃれでした。

同じ不倫物でもだいぶ雰囲気が違ってました。

こちらの不倫は家庭が壊れていく雰囲気はなく、なぜか視聴者も自分に重ねていた人も少なくなかったようです。(擬似不倫・実際には願望でしょうけど)

この当時、TBSは近くの緑山にスタジオを作って本社の移転という話もまりました。そのせいか、TBS社員の方が多くこの辺りに住み替えた様で、土地も大きく値上がりしたことへ貢献した様です。もっとも住所はヨコハマシ・ミドリク・ウツクシガオカ(横浜市緑区美しが丘)となるとお洒落というより恥ずかしい気がします。

こちらは東名高速の多摩川を越えた川崎出口を出て、すぐのエリアです。

1990年台に入るともっと軽くなります。

「不倫は文化」といった石田純一さんも出ていたトレンディドラマの火付け役「抱きしめたい」が始まり、その後「軽チャークラブ」「楽しくなければテレビじゃない」でフジテレビの快進撃が始まります。「抱きしめたい」に出てくる風景は駒沢公園・二子玉川あたりでした。二子玉川もたまプラーザ同様に、まだまだ発展途上でした。

 でも「軽い」だけでのテレビではいけない時代になってフジテレビは浮きあがれませんね。

このところテレビ朝日の刑事物ドラマが視聴率が良いようですが、見ていて思うことは、あれは時代劇ですね。70代も団塊の世代ですから昔通りの江戸時代丁髷時代劇ではピンとこないようですが、勧善懲悪:悪代官退治の本質は変わりません。でも、恥ずかしながら「相棒」台本が面白いです。殺人事件の犯人探し・殺人連鎖ではなく、犯罪のバリエーションも豊富で、最後に犯罪者を諭すところのセリフ。時代劇の大見得を切るに近いです。「岸辺の」向田邦子「金妻」の鎌田敏夫。ドラマは脚本命ですね。ただ、その脚本にダメ出しを出せる監督。それもまた少なくなっているともいます。本題とはそれますが、当時のTBSで、ちょっと異質の演出家久世光彦さんが「時間ですよ」で、最初脚本は向田邦子さんだったけど、ギャグのところは書かなくていいです、と行ったところ向田さんは降りたと聞きました。お互い自信のなせる技ですね。今やそんな話を聞きません。

テレビドラマと並行して変化してきたものにアイドルがあります。

次回はアイドルのことを書こうともいます。