8時くらいまではひんやりとした空気ですが、8時を過ぎると急に暖かくなります。
沈丁花もだいぶ開いて来ました。でも、まだ匂いはそれほどしません。
今日は、久しぶりに足を伸ばして小田急線の見えるところまで来ました。
一昨年の台風で景色が少し荒ぶっていますね。
多摩川の氾濫も決して珍しいわけではなくて、この先1キロのところ、狛江の河川敷公園には1974年に氾濫して民家が何件か流された碑が建っています。
少し下流の宇奈根は洪水で寸断されて、川崎にも宇奈根という住所があるそうです。
もっと下流の第三京浜あたりも住所は「野毛(ノゲ)」ですけど、少し北側は「上野毛(カミノゲ)」そして宇奈根と同じ様に洪水で分断されて、川崎側に「下野毛」(注”!シモノゲと読んで下さい)という住所も残っています。
1970年台「ドラマのTBS」言われた時代の「岸辺のアルバム」という名作ドラマがありました。ごく一般の家庭の妻の不倫で家庭が壊れていくドラマです。そのオープンニング・タイトルバックの映像は、74年の洪水で土手が崩壊して民家が川に流されていくニュース映像が使われていました。当時の会社の同僚が、その流されていく家が自分の家と言ってました。真偽はわかりません。そんな狛江の多摩川あたりが舞台です。
「流される家と壊れていく家庭」がドラマの主題を語っていました。
おそらく普通の家庭の主婦の不倫を主題にしたドラマはこれが初めてではないでしょうか>その直前には「だいこんの花」(テレビ朝日・森繁登場はテレ朝がお多かった気がします)というドラマがありましたね。こちらは1960年台後半から続く、明治生まれの頑固な親父と、質素で控えめな主婦、現代っ子の兄弟といったそれまでのドラマの定番。
こちらの主人公も、「岸辺のアルバム」で主人公八千草薫の不倫相手も、なんと竹脇無我さんでした。当時の彼の人気が伺えますね。
そして1980年台に入って同じTBSで「金曜日の妻たちへ」が始まります。
こちらの舞台は田園都市線のたまプラーザあたりのおしゃれな街並み。
出てくる家の作りもおしゃれでした。
同じ不倫物でもだいぶ雰囲気が違ってました。
こちらの不倫は家庭が壊れていく雰囲気はなく、なぜか視聴者も自分に重ねていた人も少なくなかったようです。(擬似不倫・実際には願望でしょうけど)
この当時、TBSは近くの緑山にスタジオを作って本社の移転という話もまりました。そのせいか、TBS社員の方が多くこの辺りに住み替えた様で、土地も大きく値上がりしたことへ貢献した様です。もっとも住所はヨコハマシ・ミドリク・ウツクシガオカ(横浜市緑区美しが丘)となるとお洒落というより恥ずかしい気がします。
こちらは東名高速の多摩川を越えた川崎出口を出て、すぐのエリアです。
1990年台に入るともっと軽くなります。
「不倫は文化」といった石田純一さんも出ていたトレンディドラマの火付け役「抱きしめたい」が始まり、その後「軽チャークラブ」「楽しくなければテレビじゃない」でフジテレビの快進撃が始まります。「抱きしめたい」に出てくる風景は駒沢公園・二子玉川あたりでした。二子玉川もたまプラーザ同様に、まだまだ発展途上でした。
でも「軽い」だけでのテレビではいけない時代になってフジテレビは浮きあがれませんね。
このところテレビ朝日の刑事物ドラマが視聴率が良いようですが、見ていて思うことは、あれは時代劇ですね。70代も団塊の世代ですから昔通りの江戸時代丁髷時代劇ではピンとこないようですが、勧善懲悪:悪代官退治の本質は変わりません。でも、恥ずかしながら「相棒」台本が面白いです。殺人事件の犯人探し・殺人連鎖ではなく、犯罪のバリエーションも豊富で、最後に犯罪者を諭すところのセリフ。時代劇の大見得を切るに近いです。「岸辺の」向田邦子「金妻」の鎌田敏夫。ドラマは脚本命ですね。ただ、その脚本にダメ出しを出せる監督。それもまた少なくなっているともいます。本題とはそれますが、当時のTBSで、ちょっと異質の演出家久世光彦さんが「時間ですよ」で、最初脚本は向田邦子さんだったけど、ギャグのところは書かなくていいです、と行ったところ向田さんは降りたと聞きました。お互い自信のなせる技ですね。今やそんな話を聞きません。
テレビドラマと並行して変化してきたものにアイドルがあります。
次回はアイドルのことを書こうともいます。


