今日は自分の誕生日ですけど、いつもは節分豆まきで「鬼は外・福は内」で、果たして自分は鬼として出て来たのか、それとも福として家に入って来たのか・・でも今年は昨日が節分で悩まずに過ごせます。
12月1月は河原の木には「花も実もない」さびしいですね。
土手の桜も蕾はあるけどまだまだ硬くて開くまで時間掛かりますね。
でも池は色々な鳥が来て、のんびりとくつろぐ姿。
マガモとカルガモ(前のはマミジロカルガモ。これはアカボシカルガモだそうです)
両親とも決して長生きではなかったのでこの年まで生きてこれたのはありがたいです。
音楽業界で50年以上。サラリーマン生活ではないので退け時がわからないまま未だ現役で居させてもらってます。
コロナ騒ぎの今、この50年を振り返って見て、音楽業界なんと慌ただしい半世紀だったんだろうと思います。
12月〜1月「音楽の危機』と「細野晴臣と彼らの時代」を読みました。
「音楽の危機」を書いたのは岡田暁生さんという音楽学者で京都大学の教授。
ベートーベンの第九の演奏を例に、3密にこそ、演奏する音楽家、それを聴く聴衆に現代の音楽の本質を見る。第一次世界大戦下とコロナ禍の今を比較したり古代の宗教音楽にまで遡って現代の音楽のあり方自体にまで言及した本です。でも岡田さんはクラシックが専門のようですが「今」のポピュラーの世界にも精通しているのでとっても分かり易く書かれています。一方、細野さんの本は門間雄介さんという、こちらはロッキンオンやCUTなどポピュラー音楽誌の編集を経た編集者が細野さんの音楽史をまとめた内容。
考えてみれば俗に言うクラシック(最近ではレコード店でもクラシカルミュージクとジャンル分けしていますね)は200年300年も生き延びて来た音楽です。きっと何があっても様々な形で演奏されていくのでしょうね。
実は自分なりに大衆音楽100年寿命と勝手に考えています。
音楽史の研究者でも学者でもないので勿論裏付けもデータもないですが
クラシックでもモーツアルトやベートーベンの音楽が大衆音楽として愛されていたのは100年でそれ以降は芸術として昇華して限られた人たちのものになったと。
ジャズもデキシーからスイングジャズ、モダンジャズで100年。大衆から離れつつあるのではと思ってます。200年後に残っているのはマイルスデイビスなのか、オスカーピーターソンなのか。
第二次大戦後に生まれたロックンロール。形を変えてロック。そしてポップス。
70年が経ちました。エレキギターのメーカーが軒並み危機。
ヒップホップ、ラップ。サンプリングやデスクトップなどなど本質が変わりつつロックは過去のものとなっていくのではと思ってます。その中で何が200年後にクラシカルミュージクとして生き残るのか?ボブディランなのかビートルズなのか。
ところで細野さんですが、改めて彼の音楽半生を読んで、この50余年日本の音楽業界が足踏みをして来たことを感じました。細野さんでけでなく、ヒットチャートの外側にいた何人もの人たちこそ、日本の音楽シーンにとって大事だったはずなのに、国内の売り上げだけを追った日本の音楽メーカーは、結果今や、はっきり言って存在価値がなくなっています、
1968年から1970年をあたりを境に日本のポピュラー音楽が大きく転換し始めた後、なぜか10年ほどで後戻りを始めます。
1980年前後のシティポップと言われた日本のポップスがSpotifyなどで世界で売れているようです。そこを境に後戻り。
続きはまた書きます。映画は日本見ました。
「ミッドナイトファミリー」アメリカ_メキシコ共同制作のドキュメント。「どん底作家の人生に幸あれ」
両方ともいい映画でした。またの機会に。










