おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦 -16ページ目

おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦

好奇心だけでは生きていけないことをツクヅク実感しております。
自分の本音も勘違いをしていましたし、アラフォー世代ですがマダマダこれから柔軟な修行の必要性を感じている最中でございます。
自主的に楽しい日々を送る努力をしますね。

姪はおきらくが高校生のころに子守をしてました。


童謡を教えたのも、夏休みには曽根の市民プールにも一緒に出掛けた思い出があります。


一人娘のおきらくは姪が可愛くて仕方がありませんでした。


姪もおきらくのことはよく覚えてくれている様子。


頑張り屋さんで実務英語をしっかり教えてくれる大学に進学して、彼女の強い意志で、一流企業にも就職、従姉もおきらくも体質が良く似ているのですが身長が低い家系で姪は身長が伸びない事を気にして精神的に心配な時期もありましたが、お母さんんの強い愛情と姪もこれではいけないと感じたようで乗り越えていました。


姪の夫は関西の有名な国立K大大学院を卒業して、やる気満々の企業戦士で御嬢さんが嫌な様でちびの姪を気に入ってくれて、惚れられ婚をしていました。


交際するまでは追い掛け回されて嫌がっていたようですがだんだん彼のことが尊敬できるようになり、愛情が持てるようになって結婚した彼女です。


新婚時代は同居していませんでしたが親も年老いてきて奈良に住んでいましたが息子の勤務先の近くに新居を新築して、孫も三人に成り賑やかに生活をしていたのですが。


祖父の法要の時に姪の家族が会社の都合で日本人学校もないアメリカの地に短くて三年、もしかするとそれ以上に成る見込みがあるようでした。


以前お会いした時よりも彼は随分老けて見えました、最近は企業もたいへんで精神的に仕事が大変なのだろうかなと勝手な想像をめぐらせていました。


姪のほうは子育て真最中で顔だちが幾分きつくなり夫が優しくしてくれているので、かかあ天下しているのかなと想像したりしていました。


それが、急に転勤命令が出て、受験生の長女と両親は日本に残して、中学三年の次女と小学5年の長男はアメリカに同伴予定のようです。


長期仕事都合でアメリカに移住するということは、大阪のアメリカ大使館に姪は面接の義務付けがあるようです。  (清楚な洋服を着用して出席するそうです。)


長男は日本人学校が無いのを解りながらハローとしか言葉は喋らないと宣言をしているやんちゃな息子の模様。


こんなことを宣言されたら、両親は内心心配だろうと、嫌々無理強いは出来ません、会社からは姪に語学学校の資金として20万円子供たちは10万円支給されるそうです。


好きで覚えるのでなく、強制的はプレッシャーがかかるだろうなと思います。


昨日従姉が水ブキを茹でたものと、たけのこを彼のお母さんが持たせてくれたようでわが家に届けてくれました。


只今ふきの佃煮を調理中です。


何時もは交流が出来ていませんのでこのような時に色々と家族の近況を知らせてくれるのです。


一つ年下の従姉には息子の結婚の報告もしていませんでした、彼の子供たちは年齢も近く言いにくかったのです。


長女が彼に息子が結婚したことを話してくれ彼は曲りなりに長男ですので従姉のおきらくのことを気にかけてくれます、母の病状のことも、おばちゃんどうしてる、そんなに元気でない事だけ報告しました。


伯父も母のことをずいぶん気にかけてくれています、行ってやりたいけど自分が娘の世話にならなければならないのでどうもできないことを腰も悪く緑内障のおじに見舞ってもらおうなんて望んでおりませんお互い兄妹で気遣いあっております。


幼いころに母を亡くした叔父と母です妻には先立たれ母は叔父の手助けをたくさんしています、離れていても心は通じ合っている様子です。


おきらくも従姉とは仲がとても良いと感じています、最近は良い意味で距離は保っています。


従姉は従姉ですから、本当にお互い困ったときは助け合えると思っています。


姪の夫もやはり仕事の責任が重く、リストラの通告もしていた感じでアメリカ転勤は諸事情で致し方が無い感じです。


病気を抱えた両親を日本に残すことも心配でしょうし、つつがなく年月が過ぎていくことを祈ってやみません。


みんなそれなりに大変な中を生き抜いていることを感じた次第であります。


わが身の幸せを見直す必要があるようです。

祖父の50回忌法要に出席した時にある程度報告は聞いていたのですが、2歳年下のお相手です、大阪在住の彼女と、北陸で暮らしている彼我が家の息子と同じで合コンで知り合ったようです。


従姉が共働きの大変さをまざまざと見せていたので専業主婦でないと絶対結婚しないと宣言していた彼女でした。


此方の勝手な思い込みでしたが、もしかして有閑マダム希望かしらと・・・


専業主婦の希望は叶えられたようですが、住職をされていて、北陸の水芭蕉がきれいなお寺で有名な、お寺だそうです、パソコンで検索したら出てきました。


住職の妻に成るのはそれなりの覚悟も必要と、客観的には想像していました、楽をするのは嫌だったようです、気持ちが馴染めて無理をしないお相手を探していた様子ですがやはり御嫁さんの主体性にお婿さんは合わせている様子がうかがえます。


わが家の息子もそんなところはあります、お嫁さんの気持ちを尊重できると違う苦労は目をつむってくれるところはあります、転勤族の息子ですがお嫁さんは嫌がらずについて来てくれてますから。


彼女の娘も早朝おきて、お勤めすることも、決まった時間に御寺の鐘を鳴らすことも、俺らの庭の手入れも400年の歴史のあるお寺の掃除が大変なことも覚悟の上の様子ですその代り彼女の好きなようにさせてもらうようにお願いしている様子です。


車の整備のしごとをしながら、お寺の住職を続けていくようです、後を継いでいくのもたいへんなので辞めようと彼から彼女は相談を受けたようですが、辞めないほうが良いことをアドバイスしたのは従姉の娘だったようです。


彼の両親の性格も彼女なりに把握している様子です、親からするともっといい条件のお相手がたくさんあったようですが、嫁に行くのは娘なので心配しながらヤット35歳に成って嫁ぐ気持ちに成った様子です。


従姉夫婦も叔父の世話をしていますので娘も老人の事情はある程度把握している様子です、お客さんの接客の仕方も母の姿を見ていて形は違うのですが把握はしているようです。


お付き合いも遠距離恋愛でほとんどが電話かメールだった様子です。


一人娘でゆくゆくは親たちも娘の嫁ぎ先の近い場所に転居の覚悟はしているようです彼の両親から気にかけてくれて提案してくれている様子です。


彼女の自主性を重んじてくれる相手を模索していた感じで、未経験の見当もつかない苦労も待ち構えている感じはするのすがお嫁に積極的に行く気持ちの成った様子で、親はとやかく言えない事を、言聞かせている感じでした。


気に掛けながら見守る苦労はおきらくのほうが先輩な感じはしますが。


嫁いでほしい気持ちと心配か気持ちが交互していることは手に取るように汲み取れます。


嫁がせる親の気持ちはハッキリと伝えている様子でさすが従姉と言う気はしています。


迎えるほうもそれなりに気遣いはしてくれている様子が羨ましく感じられます。


おきらくはお嫁さんの両親の気持ちが汲み取れない感じがしてならないときがあります、気持ちが大きくなれて拘らなければ良いということは自分で自分に言聞かせてはいますが釈然としていないことも事実です。


わが家の場合は本人同士は仲良くしてくれていますが、いまだ釈然とできていない、複雑な心境です。


苦労は付いてきますが逞しく挑む覚悟は充分できている様子で感心しています。


お寺をよくしていく相談も彼女なりに楽しんでいる様子です、良い意味の主体性は端から見ていても小気味が良いです、幸せが続きますように。



一昨日会のお世話係さんから、娘さんのメールでお母さんが亡くなった知らせがありましたと連絡をもらいました。


亡くなった方は昭和25年生まれおきらくより3歳年上です。


生まれながらの一型糖尿病怖さはこの方の経験からたくさん教えていただいていました、風邪をひくのが一番怖いこと、結婚は晩婚で、命がけで出産されて、連絡をくれた娘さんは拒食症で、母子共会にご縁があり、一生懸命に実践されていました。


どちらかというと母との関わり合いが多い方でした、生い立ち話など母からよく聞かせてもらっていました。


10年前に肝臓を患って、挙句の果てに透析もされていましたが、まだ年若い娘たちを残して死ぬのは忍びなかったようで、必死で病気を克服されていたことは風の便りで聞いていました。


それが、5年ほど前だったと思うのですが勤めていたスパーの入り口でばったりと出会って長話をした思い出があります。


晩婚のため仕事の経験の話などよく波長が合っていました。


どちらかというと形が違ってお互い生い立ちもよく似ていて、生きていく危機感なども同じような考え方をされている方と思えるものがありました。


どちらかというとお互い子供の自主性を意識のないところで尊んで子育てしている同志のように感じていたのかもしれません。


甘やかすのでなく子供の夢をなるべく尊重されていたと思っています。


体が弱く娘さんたちも親任せでなく家事もそれなりにこなせていたのではと、就職難の時代に一年自分探しされて、近所の大学に進学された事情も教えてもらっていました。


朝起きのほうは大事を取ってお休みされていましたので若い会友さんはこの方のことは認識が無いと思います。


会費はこの方の強い意志で継続されていたのでお世話係さんが知らせてくれたと思うのです。


母がお葬式にお参りしたかったと思うのですが雨も降り車いすでは無理と思っていたと感じます。


もう一人この方と親しくされた人がいておきらくが連絡させてもらいました、母も耳にだけは入れてあげてと教えてもらい連絡しました、お参りに行けないのでお香典だけ代わりに渡してほしいとお願いされました。


心が不幸の知らせを聞いても動く人と動かない人があります、この方のことは精一杯生きてたくさんの病気を抱えながら、子供たちと夫のために生きてこられてご苦労さんと思ったものです。


御葬式のご主人のあいさつも私たちを一生懸命に支えてくれたお礼を仰っていました。


実は実のお母さんを残して子供が先立つのは複雑な心境でもあります。


親が先立つのは順番ですが娘が先立つのはお母さんの心境も複雑なものがあると感じます。


三年前に脳こうそくも患われ、必死で復帰を遂げ、今回は2回目の脳の血管が破裂してとうとう頑張りが利かなくなったようです。


娘さんは生き延びてほしかったと思いますが、これからはお父さん妹さんと三人で頑張ってほしと思うものです。


ご苦労様の祈りを込めて冥福を祈りたいものです。

我が家の母は昭和5年生まれですが、結構遣りやすいところがあります。


どちらかと言えばおきらくのほうがケチなところがあって気持ちの割り振りが下手だと感じるのですが、野暮ったいところがあります。


明日は夫も出勤で、ゆっくりしてますが昼食の時間帯おむつの交換の依頼が入って母に一人で軽く昼食を食べてもらうこととなります。


実母は気ままにおきらくのペースで付き合えることが出来ている様子です。


外食しても母子共割り勘でございます、母はあまり食べれないので、おかずもご飯も少量、最近は一人暮らしの老人が増えミニサイズのお惣菜が格安で並べてあります。


おきらくは付けどんマグロのミニと、ミニうどん、小芋の煮つけと、イカのてんぷ少量盛っているお惣菜クーポン券の割引を差し引いて¥500以下で食べることが出来ました。


母はカツ玉と小ごはん、クーポン利用で¥315です。


整骨院の治療が早めに終了してお店には早く到着体がテキパキ動かない母には助かりました。


月曜は近所のスーパー全品10パーセント引きの日でございます。


火曜は菓子パンの三割引き、手作りパンのお店も三割引きで食パンの素地上質なため冷凍保存で買い置きしてます。


ケチケチ主婦には住みやすいわが家の所在地でございます。


時々母も車いすで買いたい品物を選ぶときは少しイライラお互いコミニケーションがツーカでないもので試行錯誤中でございます。


親の気持ちの汲める娘の努力中でございます。


簡単なようでナカナカ難しいです。

母の体調不良で車いす復活に成り、運動量が減って筋力の低下に成り体のあちらこちらが痛みが走り本人も思いもかけない経験のない症状があらわれて気持ちを落ち着けるのに右往左往しております。


何事においてもあるがままを受け入れる訓練は至難の業のようでございます。


最近今の体調をヤット受け入れる心の準備が出てきたようで、母もおきらくも今までは生活に追われ親子でゆっくりと話有った経験もよく考えてみるとなかったことに気付き始めました。


母の生まれた時代は夫の世話をして家事万端が出来良妻賢母で一生送れることが幸せの条件のようでございます。


父親が病気やけがばかりで、母もまさか生活のために働かなければならない現実に遭遇することを予想もつかなかったようです。


実は形が違って息子の結婚相手は一人息子でもあり仕事も外食産業収入もそう多くなく、息子自信がけっこんすることは躊躇しているようなところがありました。


親が側から見るとひとり息子ゆえにパートナは必要だろうなという心配はありました転勤も多くナカナカ条件の悪い息子の結婚は難しいと漠然と考えていました。


それが思いもかけずお嫁さんに成ってくれる人が表れたのは良いことだと思うのですが、何事も二人で相談して決め自主性があると言えば聞こえは良いのですが、報告相談連絡が全く皆無状態、結婚してもうすぐ二年に成りますが未だ釈然としないことがあります。


母から言わせればおきらくも勝手気儘をしていた様子です、お嫁入り前に預金もせず着物もそろえるつもりが全くありませんでした。


働いている母の後姿を見て育っているおきらくは、夫に養ってもらうことが認識が薄く軽い気持ちで共働きが出来るように考えていたところがあります。


5歳から母親のいない母は、母親のない不自由さは身に染みて経験していた様子ですが母の援助は鬱陶しく感じてきたおきらくであります。


たぶん息子もおきらくが聞いたり助言していることを鬱陶しく聞いていることは想像はできるのですがあまりにも親の立場が解らないバカ息子のような気がしてなりませんが只今所帯主は立派に果たしている様子でございます。


母とおきらくが生活はちゃんとできているのかを口癖のように聞いていますので、贅沢は出来ないけどちゃんと生活は出来ていると報告してきます、多少は預金もお嫁さんがしてくれている様子です。


14日の会議に帰宅した時に母の見解によると息子の安い給料の中でもお嫁さんは息子をこぎれいな格好をさせてくれている様子で安心しているようでございます。


女性もイロイロで自分だけが着飾る人もいますものね、あんたみたいに人好しは少ないと皮肉交じりに言われている内容が理解できていないおきらくであります。


現実に起きわくことを消化するのに精いっぱいで夫がどう考えているのかおきらくはどう思っていたのか何も認識が無かったのです。


母は夫が働けなくなって挙句の果てに生活困難状態になって離婚は子供のおきらくから見ると致し方が無かったと感じているのですが母の気持ちは惨めだったようです。


親の生きている間はこのままでは父が働く気持ちにも成らないと共倒れ状態になることも娘を進学させることもできないことを感じていたようですが決心がつかなかったようです。


おきらくはよく覚えていませんがどうして別れないのとの一言で、決心できたようです。


目に見えない母子で生きていく手段をご先祖さんにまもられていたのかもしれませんが父と離れたほうが我が家は母子でまともな生活が出来てこれたことは確かなのです。


父と生活していたころよりおきらくと生活したほうが夢が持てるとよく母が言っていました。


(母の言葉の中身が理解できていませんでしたが最近やっと理解できるようになりました。)


母もおきらくも無いものねだりのところがあって、母は娘に子供が生まれたらお産の援助は手助けしてよやりたいと考えてくれていたようです、実親でない援助は遠慮気兼ねがあった様子で、実親の手助けをおきらくは感謝より鬱陶しく感じていて歯車があっていません、夫と協力することを言いづらいところがありました。


夫にもおきらくの気持ちを説明することが出来ず無意識に辛抱我慢していたようなところがあります。


お互い3人がコミニケーション不足だったのです。


息子はお嫁さんと意志はハッキリと表示できていますが、親の立場思いはどうでもいい感じでございます。


そうですね仲良く貧しくても仲良くしてくれることが一番なのですが親としては寂しさは拭い去れないものはあります。


母もおきらくが嫁入り支度はいらない、専業主婦は微塵も望んでいないことに心配が絶え無かった気持ちを理解できていませんでした。


未だ生活の心構えが希薄だったことを解っているような解っていないところがありますから。


労働で援助してもらいましたが金銭面は夫婦で協力してきましたのでこのように先行き不安定な時代に成っても何とか生きてこれたことは確かなようでございます。


親に援助してもらっている人のほうがどうしてこのようになってしまったのかという、不安定な現実に成っている人が多いことは確かであります。


生まれてきた時代背景で本当にものの見方かんじ方が違うことを実感せずにはおれません。


相手があることですし、ある程度の話し合いは必要と感じるのですが、若い二人が良いと感じているのならば認めなければ仕方がありません、親子であっても一人の人間なので、よい意味で自立が必要と感じています。


母も自分の様態を受け入れるのに大変と感じます、もし便に血が混じっていたら腸の検査が必要のようです。


土曜に持参した検査結果待ちなのですが、何が待ち受けているのか今日1日を大切に生活したいものです。


祖父の50回忌を健康で迎えられた幸せを感じる必要もあるようでございます。


母もこんなに長生きするつもりはなかったようですが祖母の2倍近くは生きてくれてます、これからますます人間力が必要となってくるようですが、おきらくの思いを捨て去る必要もありますよね。


当たり前のことを出来ない息子を認める難しさを感じていますが受け入れる努力が必要のようです。


おきらくの孤独さは理解できましたが自分自身を大切にして生きることも必要のようでございますがナカナカ自分のことを大切に思えないところがありますが努力しようと思っています。

母のエコー検査病院のはじまる30分前から予約内科の先生は時間が正確な方で、自動ドアは手で押さえてあけて、開けるように指示されています。


お日様のBS放送を見て少ししてから出かけました。


お蔭様でず~と働きづめなので、母子共時間に合わすことは苦になりません。


いろいろ調べていただいたようですが、内臓の状態は落ち着いているようです。


血圧も以前より落ち着いているとのことで。


母はご機嫌でした、いつもより1時間半は早くに出発しているので、整骨院の通院が早めにできるかなと、夫も出勤日の日は気分的ののんびりしておりました。


暖かかったら、母の調子もよさそうだし、京都にでも出かけようかなと内心心づもりをしておりましたが、天気は下り気味で、母は母で行きたいところがあったようでそうなんです最近新装開店の感じの良い喫茶店が出来ていました、なかなかこんな時でないと行けないので連れて行ってほしいとのこと。


ハイいきました残念なことに今日は定休日でした。


諦めて整骨院にいつもより早くでかけて、治療も早めに終わり。


それがどうしてこんなに記事を書くのが遅くなったか母も気がよるんでいたのかどうか不明ですが、早めの夕食を済ませ、お腹を落ちつかせて、入浴しましたら冷や汗が出てきたのであります。


おきらくは午後から雨も降りとても寒くて、でかける気分になりませんでした。


急に余裕の時間が出来たときは一人での行動に成りますしね。


今月末に亡き祖父の法要のお供えも調達の準備があるので頻繁にお出かけは躊躇するものが。


明日は明日で麻酔の張り薬の張替と、入院していた病院の月一の診察が待ち構えています。


母の年齢くらいのなって体も衰弱気味の人は週に二日くらいの入浴のほうが健康には良いことを従姉からアドバイスを以前から受けていて、母も知っているのですが、気持ちとしては入浴の楽しみを失いたくないようです、ソンナニしてまで長生きもしたくない様子で気に欠けながら様子を見ています。


もし冷や汗と痛みが治まらなかったら、内科の先生に相談の心準備はしていましたが何とか落ち着きました。


あまり騒ぎすぎても嫌がるのは承知しています。


母の様態の様子を見ながら大丈夫そうだったのでおきらくの入浴をしました。


本当は自信もなにもありません、同居して部屋の様子を見に行って母がもしかの時もあることをじたばたしないでどうすべきかのシュミレーションだけは漠然としていますが、慌てふためくだろうと自分成りには思っています。


心はもやもやしてるので本当の意味の親孝行は難しいです。


あるがままと言い聞かせつつあるがままでないんだな、あれこれ考えてもし加賀が無いので寝ることにしますおやすみなさい。

我が家は分譲マンションで、入居者は160軒前後です、入居し始めて20年以上今までは、気持ちだけ援助金の依頼があって援助をしていましたが、今回は支援物資の指定品目がありました。


タオル・バスタオル・水・紙おむつ・新品の毛布が指定援助品でこの品物は我が家には頂物が結構あって、内心助かりました。


母とおきらくたち家族で親戚のお祝いごとも二件でわけてしていましたのでお返しも二軒分来ていました。


朝起きの会友さんのお返しはタオルが本当に多かったです、消耗品と考えてる人が多いようで、頂いている間に増えてきて整理するのが大変でした。


母の実家のお祝いごとのお返しは寝具類が多く、頂いた品物で母が使用しているものもあります。


毛布類は購入しなくて賄っていました。


夫の実家も寝具類のお返しが多く、おきらくたちが使っているものも買った記憶が無いくらいです。


使用してもそう痛むものでもなく使わずに押し入れに置きっぱなしになっているものがありました。


品物によって誰に頂いたものかもわからなくなっているものも多く。


今回新品の棉毛布と、バスタオルも誰に頂いたものかも解らないないまま置いているだけ箱もあけていないものまで出てきました。


タオルもたくさんあって、押入の整理が出来た感じがしております。


朝起きでは、母は出席できなくなって母の代わりに気持ちだけ援助金を援助箱に入れていました。


自治会で集まった援助金額は¥113000だそうです。


集まった品物は自治会の役員さんが区役所に持ち運んだ模様でございます。


最近は出産時に紙おむつのお祝いなどもあるようで、紙おむつを提供されている方もおられました。


痛んだ時に交換用の新品を購入しておいたバスタオルを提供されている方もおられたような気がしています。


そして実は誰に頂いたかわからないバーバーリーのひざ掛けも出てきて、出品するつもりでなかったのですが、

解らない間に持っていていたのですが、ツイツイ使わないと話をした途端このひざ掛け娘に送ってやりたいのでいただいてよいかしらと言ってこられた人がいました。


軽い人間のおきらく断りきれずに良いですよと言ってしまいました。


ひざ掛けは必要な品物の中には入ってなくて、まっいいかと、母にしてみれば親子であっても別問題だったようで、あんたはそういうところがあるから心配と言われてしまいました。


物事の分別を母からすると思い間違いしているようです、気持ちの割り振り役割分担がどうもいい加減すぎるようです。


息子にしていることもいい加減すぎてなすべきことが出来ていないのに、甘えてくれないと親の役割分担の思い違いをしているようです。


(挙句の果てに甘えてくれないと悲しがっていた様子でございます。)


正しい筋道から見ると息子のしていることは母の見解によると喜ぶべきことのようです。


生きることは厳しいんですよね、あまり解りすぎると苦しい思いに捉われる気がして解りながら甘えられる人が深みのある人ようですが難しい気がしています。


マダマダ修業が必要のようです、おきらくの生きてきた時代は時代背景に助けられているところがあって、どうも甘い人間のようでございます。


就職氷河期の息子たちから見れば甘い親に見えるだろうなということが、だんだんと理解が出来かけてきました。

(まだまだこれから認識を変える必要があるようです。)


喜ぶべきことを不足に感じてきているようでございます。


自分の甘さが見えていない感じでございます。


成すべきことの自覚が必要のようです。

母の逞しい躾け教育のたまものだとは感じるのですが本当に、ご気楽トンボの息子であります。


男は仕事が一番細かいことに神経を使えるほうがおかしいと、母の言葉でありますがおきらくからすると得手勝手な息子にしか映らないときが多々あります。


気に欠けながら見守って息子の自主性を重んじて成長した結果が複雑な心境であります。


結婚の助言もおきらくが交通事故に遭遇して母の体も不自由になって、40日入院生活を経験した時になるべくあなたに迷惑を掛けたくない生活を心がけて生活を送っていても、自分の範囲で注意して信号を渡っていても相手が会って何が起きわくかわからないこと、貴方は一人息子なので仕事も大切だし親はだんだんと年老いって、手助けが必要になることをアドバイスしたのはおきらくなのです。


結婚の形も無理をせずに自分の範囲でなるべく自分たちの範囲でしたほうが身に付くことを言って聞かせたのもおきらくですが、まさか報告も連絡も後手後手周りの段取りをつけてくれるとはゆめゆめ思っていませんでした。


相手が現れたのならそれなりの順序が必要と感じるのですが、おきらくトンボなのか人の気持ちが汲み取れないのかいまだに摩訶不思議さは拭い去れません。


今回も出勤するときに母と一緒に息子を見送ったのですが、地震の揺れが埼玉の自宅も頻繁に起きわいている様子で、親側としてそれなりに心配はしているのです、無実に着いたかも連絡も何もなしでございます。


息子のおきらくな性格をだんだんと理解が出来るようになり不足を思わないように努力中でございました。


腹を立てないように気持ちを静める努力をしている最中に母から息子から帰宅できた連絡が来たと聞いてくるではありませんか、こんな人の気持ちを踏みにじる性格に育てたのは母ではないのと怒りが込み上げてきました。


一人息子で仕事も曲りなりに正社員を自力で雇ってくれる会社を見つけて就職してくれお嫁さんもバイト先の先輩の紹介で合コンをして今のお嫁さんとめぐり合った模様であります。


お互い何か感じるものがあったらしく縁があり結婚でき仕事も人がうらやむような仕事でもなく、収入もそう多くありませんが息子の収入で専業主婦で質素な生活を心がけててくれているようであります。


振り返ってみれば感謝ばかりと思い直しをしているのでありますが、複雑な心境が拭い去れないおきらくであります。


物事は受け止め方だと頭では理解しているのですが感情がありますので喜びきれないものがあります。


本日も治験の検診で布施まで出かけていました、夫の夕食の支度やメロも育てて出かけたのですが、おきらくもそれなりには多忙ではあります。


帰宅のバスの中で息子に電話をしたのですが、無地帰宅できたのなら連絡はしてほしいと。


当たり前のことを30歳も過ぎた息子に言って良いのか悪いのか判断は付きかねたのですが連絡が来ないということは、親の心配が理解できていない事なのでしょうね。


言い過ぎかもしれませんが冷たく聞こえたかどうかは不明ですがやむにやまれず言ってしまいました。


これから、月一回会議がある様子ですが、複雑な心境であります。


お願いするのも大変お願いされるのも複雑な心境であります。


(一人娘の我儘が爆発して母に得手勝手な息子は貴方も承知しているでしょうと激烈してしまった次第であります。)


器の大きな人に成りたいですがまだまだ小物人間のおきらくの様でございます。


腹が立つのはまだまだ元気な証拠なのでしょうか自分で自分のことが理解できておりません。


夫にも形が違って皮肉を言ってしまいました。


愛が無いのでこのような心境が起きるんでしょうね。


夫が」元気に働いて食べさせてもらっているので実母の世話も出来ております、母も気難しい娘の婿と券かもせず、同居してくれていることが有難いのですが頭で理解出来ていることと感情は別問題のようでございます。


マダマダ目に見えない見返りを無意識のところで求めているようでございます。


えごの塊人間のおきらくでございました。


(お恥ずかしい限りでございます。)



地震はやはり頻繁に揺れている様子ですが、結構あっけらかんとしています。


お嫁さんも怖がって実家に帰りたいだろうと思っていましたが逞しく息子の世話をしてくれている様子。


明日の店長会議は親睦会も兼ねている様子で、何だか暢気そうです。


中学時代の親友が久しぶりなので会いに来てくれたようで今帰宅したばかりゆっくり話もできません。


只今入浴中です。


食事も簡単にお好み役を作っていましたがお腹も一杯の様子です。


転勤先は帝釈天のお店のようですがやはり、食材は地震の影響を受けている様子で今までのように寿司ネタの提供が出来ないものもある感じです。


(嫌な様子もなく仕事は慣れた感じで店長もおばあさんが我が家の近くに住んでられたようで、コミニッケーションも上手くいっている様子です。)


自宅の計画停電も一本道を隔てたところは停電に成っている様子ですが今のところ息子たちは不自由を感じていない様子でございます。


何が起きわくかわかりませんがあるがままを感謝する必要があるようです。