竹内まりやさんの、コンプリートベストアルバム10月1日発売。昨日予約してみました。 | おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦

おきらくで、生きて生きたい願望を持つ、主婦

好奇心だけでは生きていけないことをツクヅク実感しております。
自分の本音も勘違いをしていましたし、アラフォー世代ですがマダマダこれから柔軟な修行の必要性を感じている最中でございます。
自主的に楽しい日々を送る努力をしますね。



Expressionsおきらくの、一番好きな曲は、まりやさんの、家に帰ろう(マイ・スイトーホーム)です。


若い頃は、竹内まりやさんの、不思議なピーチパイ、ヒットをしていて、テレビで、よく聞いていました。


まりやさんの、デビュー当時は、おきらく、共働きの新婚時代だったと、記憶がよみがえって来ました。


仕事と家事、結婚直ぐに、流産を経験し、ユックリと、音楽を聴く心の余裕が無かったかもしれません。


当時は景気もよく、私達新婚夫婦も、新築のマンションを、購入し、家のローンの支払い、流産した時の、病院費用を、母に、支払って貰い、予定の無い、突然の出費で、主人にも相談せず、一人で気持ちが、如何しようと、困っていた時期と感じます。


今振り返ると、こんなことも、主人と相談して切り抜けて、行かねば成らない事を、相談する考えも思い付いていないおきらくでした。


一人娘で、結婚をして、養子でない主人の,顔色ばかり伺っていた自分の姿を思い出します。


本音が本当に言えない人でした。


まりやさんが、デビュー後山下達郎と、結婚後出産してしばらく、マスコミに、登場しない時期がありました。


その当時おきらくも、結婚三年後に、息子を出産して、仕事子育てに明け暮れていた当時です。


おきらくは、結婚して、仕事と子育ての大変な事を覚悟のないまま、妻・母・仕事の、欲張りな、人生を送っていたことに、気づくものです。


日本の,景気もその当時は、安定していましたので、男性社員の補助程度の仕事でも、続けられていました。


(時代は段々と変わっていき、補助では済まされなくなっていました。)


母が、子守と家事を手伝ってくれていましたが、おきらくを、助けてくれている自覚も無かったと感じます。


(手助けがあっても、社員で働いているときは、気持ちがパンパンんで、余裕が無かったです。)


結婚生活を夫婦二人で責任を持ってする、理解も出来ていなかったように、感じます。


現実が目の前にあって、もしかして、覚悟自覚を、母だけが、解かっていたよな気がしてなりません。


(音楽をユックリ聴く気持ちのユトリも無かった、正社員を辞めてからの方が、親子関係、音楽を、聴くユトリも出て来ていた様な、実感はありました。)


今回のまりやさんの、30周年記念アルバムの、インタビュー記事を読んでいても、まりやさんは、子育て中は、歌の仕事と、両立は出来ないと、まりやさんなりの自覚があったようですが、おきらくには、無かったような気がしてなりません。


まりやさんの歌の内容が好きな事は、その後15・6年後に、母が家族のためにと思い高額の血の循環が良くなる、ヘルストロンの、健康器具を購入した事が、主人はどうも気にいらなかったようです、気にいらない事を言葉で発せず、不機嫌を、無言の状態を態度で出して、いた時期でした。


家族が、一人会話をしない家庭は本当に暗いです、毒ガスが、家の中に漂った感じがしていました。


(息子が不憫で仕方がありませんでした。)


主人の、無言の態度に、何度離婚したいと、願ったか計り知れません。


お互い同居で、母の手助けが、無くては、生活が到底出来ませんでした。


母も娘には、自分と同じ失敗をさせたくない、気持ちが入り混じり、家庭の中が大変な頃に、家に帰ろうの音楽を、聴いて、自分の人生を思い留まらせていました。


冷蔵庫の中で、凍りかけた愛を暖めなおそう、着る服が、違うと、お互い考えが違う夫婦だけど、一番長い間、生活をしている夫婦だと言う意味合いの歌で、まりやさんの、表現の仕方がステキでしたが、現実のおきらくの、夫婦生活は、散々なものでした。


まりやさんの、歌を聴きながら思い直そうと、何度思ったか知れません。


その当時は、ユックリ歌を聞く時間も、お金も無かったですが、最近は、主人にも、母にもヤット本音が言えるようになりました、自分の考えが無くて、自分の考えを作る努力も少しですが出来る様に成りました。


そんなこんなで、まりやさんの歌は、おきらくの、人生のバイブルのような気がしています。


4枚組みで、アルバムが届くのが楽しみです。


告白とか、元気を出してなんかも好きですね。


最近の、幸福のものさしも、みんなひとりも、そうそうと、思って聞いています。