おきらくは、一人娘で、人の気持ちが理解できない所が有ります。
母は、おきらくの、行く末を心配して、説教ばかりを、してくれる母です、母の説教が、本当に嫌で、仕方がありませんでした、おきらくの、同年代の親御さんは、口を出さずに、子供達が、好きなようにさせてくれる、親が多かったのです。
おきらくは、好きな人と、結婚をさせて貰いましたが、一人娘の責任感ばかりで、主人と夫婦をしていくのに、主人のお母さんや、主人に遠慮気兼ねばかりしていた事の、自分自身が見えていませんでした。
養子ではありませんし、主人に養って貰う意識が、皆無といっていいぐらい希薄だったのです。
母に、おきらくが、養って貰う意識の希薄な事を心配して言ってくれる事が理解出来ていませんでした。
養子でもない主人を、大切の思っているのに、母にも主人を大切にして欲しいと罰当たりな事を思っていました。
おきらくの、間違った考えで、もしかしたら、母と一緒に同居して居なかったら、おきらくは、主人の事をダメ亭主にして、しまったのかもしれないのです。
この、事実が理解できるのに随分時間が掛かりました。
おきらくが、努力しているのに母が協力してくれないと恨みがましい気持ちを、随分長い間、募らせていた、時期があります。
主人の事を、心配り、気配りの、気持ちで仕えていて、一人で良い子、ぶっていたようです。
母の説教が、本当に嫌でしたが、最近、おきらくが、羨ましいと感じている人達が段々と人生途上に、荷物が重たくなって、おきらくから、見ると、不幸に成って来ている人達が多いのです。
母は、父との離婚で本当に悩んでいました、如何して一人前の大人に成っているのに、働いて、家族を養う自覚の無い事を、苦しんでいたのです。
無意識のところで、母子二人で、赤穂の田舎から、大都会の大阪に、出てきて、母子で、生き抜いて行ける、自信も無かった様です。
その時に、勤め先に、現在、母の勉強している会の、会友さんが、勉強の普及してくれたようです。
赤穂のかた、田舎の、出身で、真面目だけがとりえの母でした、娘を苦労して働いて、進学させるのを、心の錦にしていてくれたようです。
おきらくは、母の苦労も理解せず、イロイロな事情があって、母は、市内の、知人のマージャン屋で、住み込みで働いて、おきらくを進学させてくれました。
娘を進学させる、高収入を得るのに、16時間ぐらい働いていた模様です、おきらくは、長時間労働の親の元では、教育上あまり良くない事を雇い主のアドバイスで、箕面に嫁いでいる従姉の家から、学校の通っていました、母がおきらくのために、一生懸命に働いてくれていましたので、不良には成る余地がありませんでした。
休みごとに、母はおきらくの、様子を見に来てくれていました。
母なりに、精一杯小遣いも、くれました。
勤め先の、奥さんから、おかあちゃんはおきらくの為に、一生懸命ですよと、教えてくれていました、伯父さんからも、結婚するのはいいが、母の面倒を見やすい人と結婚した方が良い事を教えられていました。
おきらくが、自主的に、母の苦労を理解して、自主的に母のことを考えられたら良かったのですが、大人の意見を、子供ながらに、理解して生きてきた事が、ボタンの食い違いのような所があったような気がしています。
本心から、母のことを大切に出来たら、良かったのですが、母の事を、粗雑に扱ったら恥と、脅迫観念のような所がありました。
(世間の人達に顔向けが出来ないと思っていました。)
母は、おきらくに、面倒など、欠けたくなかったようです。
回りの人達があまりにも、母が一生懸命に娘の為に働いているので、見るに見かけて、おきらくに、言って聞かせてくれたようです。
生きていくのに一生懸命で、親子でこのような話し合いはした事がありませんでした。
おきらくが、果敢に生きてこその自分の幸せと、感じてくれていたようです。
この、親子の汲み取り方の食い違いで、随分もめて、来ました。
おきらくが、交通事故に遭遇して、パート勤めが出来なくなり、自分の意思とは反対に、専業主婦に成り、母が、強盗に遭遇して、家事もまま成らなくなって、親子で話し合いをする時間が出来ました。
母が、強盗のトラウマで、朝おきも一人で行けなくなり、おきらくが、付き添いをしながら、朝起きにも、参加するように成りました。
親孝行のつもりで、参加し始めたのですが、おきらくが、今まで気が付かなかった事が、皆さんの、演壇を聞きながら、気が付いていなかった事が、すこしづつですが、気が付き始めています。
母が、おきらくたち親子が、母の勉強のお陰で、守られいる事も、理解が出来始めています。
聖人君子の教えのようで、おきらく拒絶反応を起こしていた所がありましたが、娘時代より会の教えは、聞いていましたので、心のもち方を綺麗にしないと、恐ろしい事は、漠然とですが、気づいていました。
不幸の原因は、自分が作っていくことも、希薄なりに気づいていました。
自分が、可愛いので成るべく、身勝手な考え方は、意識の無い所で避けていたようなきがしています。
この考え方もエゴの塊なのです。
自分で縁があって、入会した会でも、ありませんし、母は勝手に一生懸命に勉強したらと、言う所がありました。
母の考えをおきらくに押し付けて欲しくないと思っていました。
母は、自分の結婚の、失敗や、伯父の、奥さん運の悪い原因を、朝の勉強を、して解明したかったようです。
おきらくは、冷たい気持ちで、勝手に、解明してくださいと思っていました。
この時期は、おきらくの、一人よがりと、我儘さは見えていませんでした。
主人の事を、自分なりに大切にしていると自負をしていました。
頼りなさと、自信の無さで、仕えていた事が見えていませんでした。
自分の本音も、見えていませんでしたし、主人に、自覚をして貰う内容も、理解が出来ていませんでした。
いろんな事に、遭遇しないと本質は、見えないような気がしています。
これから、マダマダイロイロな事が、おき沸くと思っています。
もしかして、神様が、ジックリ落ち着いて、人生の見直しをしなさいと、おきらくに時間をくれたのかもしれないと、思う今日この頃です。
本質的には、主人のことも、大切にしていない所があります、マダマダ自分が、可愛いのです、母のことも、心の底から親孝行は、出来ていないように感じています。
マダマダこれからの、おきらくです、柔軟に努力の必要があるようです。