ひと月に一回ほど取れる日曜日の休みをもらった日が来て私は倉内さんと、以前からの約束のデートに出掛けた。
歳上の倉内さんといると何故か、訳もなく安心する。
恋愛に対して少し思い詰めた気持ちのある私にも、無性に明るい振る舞いで常にリードしてくれる包容力がある。
時々電話で話をして、最後は
「由夏さんに会いたい」と、いつも倉内さんは言ってから切った。
彼には離婚歴があり、現在4歳の一人娘を奥さんが引き取って、今のところシングルマザーらしい。
それで、その元奥さんの兄がプロサッカー選手だとかの自慢話を呑気にしている。
もう別れた奥さんなのに自慢とか、おかしいと私が言うと、それもそうだねと笑う。
離婚の原因もさらりと話してくれた。
こちらが聞いてもないことを、ずっと話す彼の顔を見ながらも私は、よくありそうな離婚原因だと思った。
私は人の縁の案外すぐ切れてしまう儚さをいつも感じていた。
私の知り合いは再婚や離婚している人も多くて、自分の両親もそうだったのだから。
子供の頃、両親の絆の切れる早さのあっという間なのを自分の家族なのに、どこか他人事のように見ていた。
正確には、胸が切なくて自分と関わりのあることじゃないと思いたかった。
何でもいいから没頭できる別のものに、すがりつきたかった気持ちだけは思い出す。
なので、倉内さんの表面上は吹っ切れたような態度に違和感を感じる。
そして可哀想に思えた。
こういうところが私が、この人に会いたい理由なら良くないと思う。
デートは、彼の車に乗ってテニスコートのあるスポーツ施設に行く。
予約してくれていて、私は更衣室で着替えてコートに出る。
普通のジャージにトレーナー姿でもすこぶるスタイルの良い倉内さんは、やはり見た目のいい男性らしく周りの視線を集めていた。
テニス経験が大学時代のほんの少しな私に合わせてくれる実力でゲームを楽しく進められた。
帰る時間が来て、とりあえず彼の家に行くことになった。
部屋に行くのは、あの飲み会した日からすでに二度目で、それほど抵抗はない。
思えば、翔子さんを心配して夜中に着いて行った私も中々大胆な行動だった。
お酒の力があったとはいえ、思い出すと少し赤面する。
倉内さんは、そんな私の気も知らずに平然と以前確かに来た彼のアパートの駐車場に車を止めた。
家族のあった名残で、大きめのワゴン車に乗っている彼は車の後ろに結構な量の荷物を積んでいる。
それで入った部屋の中は覚えていた感じの独身者らしく少し散らかったままだった。
落ち着かない気持ちの私は、いきなり掃除をしてあげようかと聞いてみた。
普通に受け入れてくれたので、掃除を始める。
倉内さんは少し片付けをして、私に飲み物を出す用意をしている。
日当たりのいいダイニングの壁際に置いてあるメダカと小さなエビの飼われている大きな水槽が綺麗に手入れされているのは、意外だった。
大切にされている元気な小魚達を眺めながら、私は少し心地良いと思った。
夕ご飯を外に食べに行くまで、テレビを見て話をする。
彼は今度家で鍋をしようと言い出した。
全部用意してくれるらしい。
そういえば、以前の夜中にオムライスを作っていた時は中々慣れた手つきだった。
料理は自分も仕事だから、そういうところが親しみが持てるのを倉内さんは知ってるからか、色々話が盛り上がる。
そして、彼は何気なく私のバイト先のボウリング場にも遊びに行きたいと言い出して、断る理由もなく了承した。
こうやって約束をいくつかして夕ご飯を食べに行ってから、その日は別れた。
彼に対する自分の気持ちは曖昧だ。
あの夜、私が帰ってから翔子さんを真ん中にして、四人で二組の布団に川の字で寝たという話を彼女から聞いた時は驚いたけれど、二人は職場での知り合いだし大人ってそんな時、大きく間違いはしないものだと思った。
私への好意をはっきり示す倉内さんとの距離感は居心地は良いけれど、進展するかは微妙としか言えない。
月曜日が来て産婦人科医院に仕事に行く。
今日は薫さんが朝番で、パートさんと仲良く話しながら片付けをしていた。
パートさんが時間が来て帰ると、少し声を低くした薫さんは、今日も格別可愛いらしい顔でパートさんから今朝聞いた話を
「聞いて、聞いてっ!」と言い出した。
「溝口さん、離婚やめるって。娘さん事故してから味覚無くなったの、いつ治るか分からないし、そんなのだから相手と話して気持ち変わったって…」
自分も少し本人から聞いていたけど、
責任感は結構あるパートさんなら、そうなるかと、ほっとしながらも私は薫さんの顔を見て頷くだけでいた。
でも内心は、その話題以上に薫さんの、あの時のお芝居といい、若い割にいつも立ち回りの上手なことに私は感心するばかりでいた。
根は善良だと思うものの、未希さんに懐いてあんな言うことは聞くし、パートさんにとって重大なこの話も聞き出しているし。
天使な笑顔の彼女のことが一番、朝から私の気持ちを揺さぶった。
ボウリング場での次のイベントにもバイトに入ることになっている私は、またマイクの時の練習をしていた。
原稿を少し読むだけだった前回も変な汗が止まらなくて困ったので休憩所で間合いの確認などする。
お正月からは登崎君のことも、あまり考えないようにバイトに入っていたものの、休憩所で一緒になると挙動不審になってしまう。対して登崎君は普段どうりで接してくる。
この頃は部活の練習に励んでいるようだ。
春呼ちゃんと彼との本当の関係は私の分かるところではないけれど、ここに来た最初の頃、二人が仲良いと思った私は、付き合ってるのか普通に聞いたことがある。
その時、春呼ちゃんは
「新汰とは、付き合わないかな」
と、顔色ひとつ変えずに小さめな声で答えた。そうなんだねと、私が言うと、
「付き合わないんですよ」と、もう一度言った。
大人な彼女の表情に、その時は聞いてはいけないことを聞いた気がした。
今となっては、まだ高校生の登崎君への説明し難い自分の想いが、うっかり顔に出そうで本人とは話し辛い。
とにかく、こんな気持ちは隠し通して早く忘れなければと思う。
そして春呼ちゃんは、もうすぐここを辞めて受験勉強に備えるらしい。
彼女はいつもと変わらない態度で、今日も残り少ないシフトに入っていた。