私の母親の体調は、数ヶ月の休養でほぼ良くなってきた。
ストレスからくる過敏性腸症候群のひどい症状が無くなったので新しく仕事を探していた矢先、前の職場に戻れる目処が付いて、本当に安心し親子で喜んでいる。
これで経済的な面でも気持ちが軽くなったし、この年末年始は自分でも思いもよらない事で精神衛生上辛いことが重なり、アミューズメントプラザでのバイトを辞めようと思っていたので、踏ん切りがついた。
店長に相談して三月の給料の〆日にと、退職日を決めた。
あと、1ヶ月は気持ちを切り替えて頑張る。
次のボウリング場でのイベントのバレンタインデーは来場者プレゼントに小さなチョコレートを用意するようだ。
私も、とりあえず数ヶ月でもお世話になったので書店の主任と、夜学生のここの主任とゲームセンターの主任も時々話するし、義理チョコを用意することにした。
そして、まずはゲームセンターのバイトの萌絵さんに近々退職することにしたと、休憩時に話すと盛大に残念がってくれた。
男手一つで小さな男の子を育てている、ここの主任も性格は大人しい方ながら、いつも明るい萌絵さんには心を開いて接しているのが分かる。
主任達に渡す義理チョコの話もしながら私は、いつもより萌絵さんの質問攻めにあった。
そして、まだ辞めてもないのに、必ず時々遊びには来ると約束をしていた。
産婦人科医院の奥さんが、たまに厨房に来る。
今日も朝のメニュー担当確認時に来て、主任とにこやかに話をして自宅になっている医院の隣室に帰って行った。
ここの後継として、有望されている一人っ子の法臣君の話をする時は、もちろん親戚ゆえに主任も目尻が下がっている。
未希さんも、主任のご機嫌を取るためニコニコと
「法臣君は、最近さらにかっこ良くなったね!」などと褒めている。
法臣君の成長を彼が小学生の頃から今の高校二年生になるまで見て来た彼女は、主任の自慢話に楽しそうに同調している。
法臣君の入っている部活は野球部で、私学ながら県下では強いチームの様。
私も厨房の大量の食糧買い出しの帰りなどに時折会う。
試験期間も自宅横で素振りなどしている法臣君は誰が見ても、とても立派な青年と思う。
そして、いつも礼儀正しく挨拶をしてくれる。それは看護婦さん達にも同様だった。
ふと、法臣君と同い年の登崎君は何で、あんなにぼんやりしてたりするのに自分にとって特別に感じるのか不思議になる。
第三者的に見て、絶対私はやはり変で…
まだ子供の、高校生の登崎君を意識している意味も無い。
好青年な法臣君には、何にも感じたことの無い何かを彼に想う理由を考えてみた。
…いつも優しい言葉をかけてくれるから。
…ボウリング投球の姿がかっこ良すぎるから。
…一度、一瞬でも背中をハグされたから意識しているから。
…彼の笑顔をいつも見たいと思ってしまうから。
…
考えるだけ無駄だった。
ただ一つ言えるのは、後少しでアミューズメントプラザでのバイトは終わるから、それで会わなくなったら、もう忘れられるはずということ。
そして、次の日に早番の帰りにデパ地下で義理チョコを買いに行った。
主任達三人と課長と店長のも買って、ボウリング場の主任のは一番お世話になったというか、間違いなくバレンタインチョコの本命とかもらったことないはずな、その上苦労人な彼に、大きめの箱のを奮発した。
休日には、夕方からバイトに入って主任に会ったので、一週間後のイベントの日にシフト入っているからチョコを渡すことも、もう言った。
ちゃんと主任は嬉しそうな顔で返事をしていたら、それを横で聞いた受付の英恵ちゃんが笑う。
「えーもったいないよー。私が欲しいから」などと、主任をからかう。
英恵ちゃんの目には、夜学生の主任の苦労は、さほど苦労に映ってないようだった。
自分の父親はポンコツで、早く母親に離婚してほしいなどと、いつも言っている。
どうやら借金を作って家族を苦しめているらしい。
私は、何も言うこともなく聞いているだけだ。彼女のサバサバしたところは大好きと思う。
しばらくして、登崎君が来た。
何だかいつもと違う気がして、よく見ていたら、そのまま受付カウンターの私の前に来て彼は立ち止まった。
彼は今日シフトじゃない。
横にいた英恵ちゃんが、急に奥に下がった。
彼は、これまで見たことの無いような目で私を見ると、寒い外の空気をそのまま持ち込んだ様な表情で、私の名前を呼んだ。