僕は夢を見ていた。
昨日、バイトに入る前に萌絵さんから椋井さんが後、ひと月で、ここのアミューズメントプラザのバイトを辞めると聞いて朝、目が覚めてベッドから立ち上がれない。
僕は見ていた。
彼女の…椋井由夏さんの夢を。
部活の先輩がよく言っていた言葉がある
…夢が叶わないのは、それを無理だと思い込んでる自分のせいだと。
そこに逃げ込んで努力しないから何一つ始まらないし、夢は叶わない。
辛抱することを諦めている。
何も叶わなかった時の怖さから逃げたら、
後は無いのだと。
叶えば達成感に満ちて幸せだろうけど、叶わなくても何もしないより絶対生きてる意味があると。
初めて聞いた時、僕は先輩をものすごく見直した目で見ると、それから時々語ってくれた。
その後、気持ちが盛り上がり、僕は出来る限りの練習を続けて高一で県大会での記録を作れたのだった。
元からの僕の才能の方が大きく起因していたけど、気の持ちようがこれほど自分を動かすとは初めて知った。
僕は、何となく椋井さんがいるバイト先は続いていって、これからも会えると思い込んでいた。なんて、単純だったのだろう。
そう思うと、一つの決心がついた。
ベッドからやっと起きると、学校に行く用意をした。
学校では朝から春呼に会った。
ちょっと久しぶりに廊下で他愛もない話をする。
春呼の新しい塾の先生の話や、学校の修学旅行の話。
僕は、話はそこそこで聞いて春呼の整った横顔を見ている。
公明正大さのある優しい大きな瞳で、まわりの男子達を惹きつけているけれど、僕は彼女の綺麗な鼻筋の横顔が上品で好きだ。
恋心だと少し勘違いしていた中学の頃は、春呼が他の男子と仲良くしてたら、ちょっと腹を立てていた。
今思えば、可愛い子供のヤキモチのようなことだけど、あの頃は今より恋愛感情も何も知らないから仕方ない。
春呼の教えてくれたことは、今まで思い込んでいた恋愛というものに対しての何かをひっくり返したと思う。
一緒にいて楽しいとか、見た目が好みとかは、よく考えると本当は不安定なものを基準にしているなと。
椋井さんは美人に違いないけれど、僕の恋愛対象になる人じゃなかった。
僕はそこにモヤモヤしていたんだ。
真実を見つめたり、自分の気持ちに素直になるって、思った以上に難しい。
父親の以前の態度をつい、思い返す。
そして、あの頃の自分の気持ちも。
昨日、蒼成はバイト帰りに一言僕に言った。
「新汰、何か大人になった気がするぞ。お前…」
僕は、何を言い出すのかと蒼成の顔を見て、笑顔を作って見せた。
それで、「そう見える?言っても、もうすぐ大人にならないとな」と言うと、
彼は椋井さんが辞める話については何も言わずに帰って行った。
すごい真面目なところがいいヤツだけど、僕の時々のやらかしを、意外と面白がって認めてくれたりする。
その存在が嬉しい。荒れる気持ちを少し落ち着かせて家まで帰れた。
翌日、学校が終わってバイト先へと直行する。でも、今日はシフトじゃなくて、気分が乗っているので投げることにした。
お好み焼き屋の”花”のおっちゃんは、ほぼ毎日来て投げているし、結果もパーフェクトゲームもやってる。
僕の成績は、ストライクはシックススが最高で、これ以上何度挑戦しても無理だった。自分の限界を感じていたけど、セブンス以上に成功したら、あることを実行するので、今日やる。
僕は受付にいる椋井さんに、入り口で書いたエントリーシートを渡しながら話しかけた。
「椋井さん、僕今日3ゲームは投げると思います。セブンス以上いくので見てて下さい」と、言って続けて、
「…あの、椋井さんは、来月辞めるって聞きました。寂しいです」
本音がダダ漏れな僕の目を見ながらも、優しい返事をくれる椋井さん。
彼女の言葉を聞いて、ちょっと涙が出そうになったけど、今日は調子が意外といい気がするのを不思議に思いながらいつもの一番好きなレーンに向かった。
僕は、夢をみる。
来月が来て、椋井さんに会えなくなっても、ここじゃ無いどこかで彼女と共にいる未来を。