蘭の家族は両親と妹以外に父親の亡くなった前妻との間に生まれた兄がいて、蘭の母親と父親が結婚した時、幼かった兄は母方の祖父母に引き取られていた。
その兄とも時折、家族で会っていて、成長するにつれ家族間で悲しいことや嫌なことに悩まされていて…
蘭が思春期の小六のある日突然、原因不明の腹痛などに悩まされるようになって、精神科にも通うことになったと言っていた。
母親は機嫌の悪い時と良い時の差が激しく、顔色を伺うことも多々あったらしい。
初めてその話を聞いた時は、精神科と心療内科の両方に通うことは本当に大変で、心の病は怖いものと思った。
蘭と近くで過ごした中学の三年間は、保健室に付いて行ったり、寄り添うことしか出来なかったけど、面倒とか思ったことは一度も無い。
この頃は、蘭がずっと治らなくてどうにかなったらと心配で仕方なかった。
ただ、病院を転々としても改善の見込みがない心の病を抱えていても、いつも対応が大人で、まわりの皆を気遣える蘭は健気だった。
思い出すたび真緒は思う。
蘭の兄は何故、あんなことを蘭に言ったのか…
告白された時の蘭の横顔を忘れられない。
悲しさより男の人への怖さを感じた。
自分の兄は違う。
公明正大で自らにだけ厳しい兄は理想で、本当に尊敬していたから、諦めているような蘭のことが痛々しくて辛かった。
真緒の記憶の中にある4年前の後悔が蘇る。
小六になった桜の花の咲く頃、同じクラスに転校して来た泉海と仲良くなった。
家が近くだったから夏休みにも家にいつも遊びに行ったり来たりしていた。
どちらかというと泉海の住んでいる質素なアパートの部屋に遊びに行くことが多かった。
両親は共働きで泉海は鍵っ子で、一人いる妹は保育園に行っていて顔を見たことはなかった。
泉海は色の白い細面の顔立ちに、自分と同じ歳とは思えない落ち着きのある子で、とても優しく一緒にいるのが楽しくて学校でも一番仲良くしていた。
それが、ある日突然別れの時が来た。
泉海が一人で家にいる時に一人の男が部屋に押し入って、泉海に薬物を吸わせ意識を奪うという事件が起きた。
すぐ捕まった男は泉海の両親の顔見知りだった。
それから後、泉海が登校して来ることは二度となかった。
何がなんだか分からないまま真緒は、昨日までの友達を失った。
新聞に載った記事を見て、学校では担任の短い説明と騒然とした時間。
すぐに緘口令が敷かれて彼女の身に起きたことは明確にならないまま忘れ去られていくようだった。
だだ、当時も同じクラスだった大和君は、誰もが口を閉ざしている事にも躊躇のない態度で真緒にさり気なく言葉をかけてくれた。
「急に会えなくなって辛いな…お前、、仲良かったから」と。
きっと、大和君は忘れていると思うけど、真緒はどこか心の一部分が救われた気がした。
でも、思わぬことに巻き込まれた真緒はどうしようもなく胸が苦しくて、泉海がもう学校に来られないとしても、もう一度だけでいいから会いたかった。
泉海の味わった恐怖。
その男が来た時に自分が遊びに行っていたなら、どうにか一緒に逃げられて、そんな事にならなかったかもしれないとか、それでもそんな薬で襲われたなら自分も危なかったのかもしれないと思う。
ただ、泣くことも許されない気がして気持ちを押し殺した。
子供であること女子であることは、いとも簡単に踏みにじられる。
この事件の時も、真緒は自分の心の中にある女子であることへの違和感が、増していくように感じていた。
そして、無力な自分を責め続けていた。
中学校の入学式の日に初めてクラスで蘭と席が近くになって、少しだけ話をした時にすぐ泉海を想った。
見た目は全く違うけど、他の学区から転校して来て少し不安気な様子で、年齢以上の落ち着いた雰囲気を持つ女の子。
真緒は、この時から蘭を守ってあげたいと思っていた。