真緒は、初めての公式戦で緊張していた自分に思いがけない色々な感情を見つけた。
勝つ事は難しいと思っていたら難しいこと。
一勝を取ることは自分との戦いなんて言っても、自分は集中することと身体を動かすことで精一杯なのと思う。
蘭は、いつも通り天然な言動を繰り返しては、笑わせてくれて緊張をほぐしてくれていた。
蘭に自覚は無いみたいだけど、蘭の隣にいるだけで気持ちが明るくなる。
それで、逆に真緒にも面白い子とか言って、頭を撫でて笑う。
「蘭にだけは言われたくないよ、、」
って、何回言ったか知れない。

 でも、自分は、とてもじゃないけど心の中を人に見せられる様な人間じゃない。
蘭は、自分のこと少し変わっているとか、幼いって思っているけど、本当はあらゆることで捻じ曲がっている。
自分を出すこと、自分を信じることの前に女子でいることの嫌悪がある。
普通に女子の服装を受け入れて、女子を友達として仲良くすることも受け入れて、交際するなら男子しか思い浮かばないけど、実際は大好きな尊生のことを特別には出来ない。
でも、蘭は特別で、彼女だけは絶対失いたくない。
 幼い日、自分の前から突然いなくなった泉海のことを、蘭という守ってあげないと壊れそうな存在に置き換えて、自分の非力をどうにか消したい気持ちでいるのと気付いてはいた。
試合相手に泉海の面影を見た時、自ら時間を止めてしまった気がした。
勝利への欲求を失って、どうにか制限時間を過ごす事になった。

 失うことは怖い。
喪失への恐怖心は誰にでもあるはず。
まるで心が端からだんだんと欠けてゆく様な感覚になる。
泉海を想うと訳もなく苦しい。
楽しかった思い出もさえも悲しい記憶になってゆく。
蘭と出会ってからは、自分に対してどんな気持ちでいるのか、自分を必要としてくれているのかを確認するのも、もう無意識だった。

 派手な見た目を自慢気にしているとしか思えない蘭の元彼は、当たり前のように次の彼女を連れていた。
蘭は居酒屋の息子の彼と色々あっても仲良くしてる様で、本心歯がゆい。
ほんの少し前、蘭が自分を裏切っていたと知っても、そばにいてくれたらいいなんて思ってたことは、誰もが異常だと思うだろう。
周りの噂話の的になっても、クラスの女子達やその他の子達に無視されても、あの痛みに比べたら、何でもなかった。

 あの頃の夏、変わらず色白の泉海は一緒にプールに行った帰りに、控え目に好きな男子の話をして告白してくれた。
まだ濡れた髪を日にさらして歩きながら泉海は、女の子らしく微笑んでいた。
ちょっとだけ、自分とは違うと思いながら
も自分の中の違和感も少なかった幼い真緒は彼女と同じ様に、少女漫画の恋するヒロインの世界に憧れていた。
初めて付き合った彼と結婚する夢。
たった一人の人と出逢って運命的な恋に落ちて幸せになるとか…
自分は性格的に男子の仲間に入りたいのにそうはなれない。
女子だからどうやっても無理。
女の子らしいと言われることがよくあるのは、母親からのしつけによるところが大きいだけだと思う。

 本当の自分は、女子のいちいち団体行動の好きなところとか、女子特有の体の線とかを自慢する気持ちが心底わからない。
自分の体の線も隠しておきたいものでしかないのは、どう見られているのかとか、どう思われているのかが耐えられなくなるから。
真緒は今まで勝手に、体操部やバレー部など露出の多い服装での部活の女子には哀れみさえ感じてきた。
ただ、自信のある女子は皆に見て欲しいとか思っているはずなのは知っていたけど。 剣道なら防具をつけると一見、男女の区別も付きにくい。
そんなところは何も考えずに集中出来ると思って打ち込んできた。
 真緒のクラスの男子は、剣道部っていうだけで真緒のことを怖がってみせるけど、実際の自分の腕はかなり引き締まって硬いのも事実。
相手の隙をいち早く狙う打撃の強さが必要で、当たり前といえば当たり前のことだけど。

 学校からの帰り道にまた、蘭の怖がりが露見した。
期末試験中で部活のない日、委員の用事で蘭より少し遅れて帰っていて、自転車のずっと後ろから見ていたら、歩いて来た男性に声を掛けられて、蘭は止まりかけてすぐに凄い速さで走り去ってしまった。
何かと思っていたら、その後自分も声を掛けられて、道を尋ねられて応えた。
蘭を不親切に思ったのか怒った様子を見せていた彼は、丁寧にお礼を言って歩いて行った。
後で蘭に連絡をすると、必死で逃げた様。
どうしてと聞いたら
「雰囲気が怪しかったよ!真緒は全然怖くなかったの?」と聞いてきたけど、全く平気だった事を言うと、驚いた風に
「凄い怖かったし、真緒が心配だったよ!」と本気で言っていた。
確かに若干、怪しいおじさん風だったけど、こっちは自転車で、車の通りは多いところだし、蘭は怖がり過ぎと思った。

 蘭の心の中に何があるのとか、考えても分からない。
学校の友達とは誰とでも仲良くなるのに。
真緒が引っかかっているのは、蘭の兄が蘭を一応大切にしているようで、そうでないこと。
自分は父親に捨てられて不幸で、寂しく育ったことを伝えたいのか、そして恨んでいるのか分からないけど、お互いに苦しんでいることは間違いなくて、蘭の心身を蝕む闇はそこにあると思っていた。