どれだけ強く願っても手に入らないものがたくさんあって、自分に生まれた時点でそれは決まっていること。
誰もが諦めて妥協点を見つけてゆくとしても、真緒は今この瞬間だけでも尊生の横に並んでいたいと思った。
蘭が部活に来なくなって、冬休みも明けて寒い日の練習の前に、真緒は意を決して尊生に話があると告げた。
道場横の男子の部室まで行って、玄関で出て来てくれるのを待っていた。
間も無く扉が開いて尊生は少し緊張感を帯びながらも照れた様な表情のまま真緒を見た。
こんな顔をしている尊生をいつぶりに見ただろう。
一瞬で、二人の距離感は付き合っていた時の様に戻った。
いつもに増して澄んだ一重の切れ長の目に見られると胸が痛いほど高鳴る。
本当に男子とは思えない透き通った肌も眩しい。冬でも血色の良い唇から目が離せなくなって心が完全に陥落した。
衝動に素直に従うように真緒は小さく手招きをして、すぐに側に来た尊生に手を伸ばして彼の首に手首を巻きつけ顔の近くで
「尊生が好き」と言ってキスをした。
ほんの少し触れただけの唇に全身の神経が集まる。
とっさの自分の行動に自分でも驚いて、もう耳が熱くなっているのが分かった。
すぐに離れて、誰も来ないのを確認した。 今まで経験したことのないときめきの中で尊生の方を見ると、彼も目が潤んでいるようだった。
大切なものを大切に思って悪いことなんてないと、自分に言い聞かせながらも胸がいっぱいになってしまった真緒に
「これって?」と尊生は聞いてくる。
「尊生と…もう一度付き合いたいの」
と真緒が言うと、尊生は優しく真緒の手を取って引き寄せた。
こんな幸せな気持ちになるなんて信じられないでいたら、外からこちらへ人が歩いてくる気配がしてすぐに二人は離れた。
真緒は女子の部室に戻ってきた後、また道場へ行くのは本当に恥ずかしくなってしまった。
それでも道着に着替えて行くと、尊生からもう聞いたのか、様子を聞かれていたのか男子部員達はみんな二人のことを見てにやけてたりする。
真緒はさっきの自分は、本性に近い男らしさが出てしまったのではと少しだけ後悔しながらも嬉しかった。
尊生を手に入れることは自分にとって何よりも切ない。
どうしても普通ではない自分のせいで別れがすぐ来るかも知れないし、その後はもっと苦しむことになると思う。
それでも、今の自分の感情に素直でいたいと選んだから絶対に後悔しない。
心が離れていると彼の存在はもっと大きくなってしまった。
自分もあんな風に芯の強さが欲しかった。
何があっても待っていてくれた尊生。
明るくて努力家なタフな男子に憧れて、女子に生まれた自分を無意識に否定していた頃と今も自分の中身はほぼ変わらない。
でも、自分だけを見ていてくれる嘘の無い真っ直ぐな男らしい尊生に出逢えた。
身近に自分を愛してくれる彼がいると思うと、惨めな思い出や自信の無かった性格、自ら受け入れがたい性癖も素直に肯定できる。
長所短所丸ごと全てで、この自分であることに変わり無いから。
そして何より、純粋に女子として尊生を求めている自分を好きになれた。