年末の慌しさの中、私はバイトから帰って家での夕食後、携帯の着信に気づいた。
この前のコンパで知り合った倉内さんからの連絡だった。
翔子さんの知り合いなので、連絡先は交換して保存したままでいたけれど、もう会うこともないと思っていたので意外だった。
倉内さんは知名度のある大手企業の社員で、ずっと営業部で仕事をしていると言っていた。
それで、翔子さんの勤める会社とも数年前から取引があるみたいだった。
とりあえず折り返し電話すると、やはり電話口の彼の言葉使いはテンポ良く丁寧でしっかりしている。
倉内さんは単刀直入に、近いうちに仕事の合間の時間に一緒にランチをしようと短時間のデートに誘ってきた。
ちょっと考えたけれど自分には今、彼氏もいないし昼間の食事だけなら別に構えることは無いかなと、私の病院勤務の休日の昼に駅ビルの飲食店街でランチをする約束をした。
当日が来て、待ち合わせ場所に現れた倉内さんは飲み会時とは全く違う雰囲気の営業マンらしい、きちっとしたスーツ姿で全部が惚れ惚れする格好良さだった。
誘いの承諾に笑顔でお礼を言ってきた倉内さんに、私は緊張を隠して挨拶をした。
早速、二人で歩き出してお店に向かうも、彼はどこかそわそわしている。
何か言いたげなので聞くと、思わず吹き出しそうな事を言ってきた。
「僕らはきっと、凄いお似合いのカップルに見えてると思うけど、どう思う?!」
いきなりの迷言に、相当な自意識過剰なのかと思いながら、彼は言いたいことをすぐ言ってしまう人なのと思った。
私は、笑いながら
「そうかな?」
と、返したら倉内さんは確信したような声で意外とまだ言ってくる。
「絶対、お似合いに見えてるよ!」
と、少し子供のように無邪気な笑顔を見せて喜んでいて、悪い気はしない。
私は愛想笑いをして、彼の大きめの歩幅に合わせながらヒールの高い靴を履いてきた事を後悔していた。
それは倉内さんに会うからというより、ランチが終わったら久しぶりに駅前でのショッピングに行きたいと思っていたからで、あの飲み会の時の十倍はお洒落をしてきたと思う。
食事が来るまでも、話は常にリードされるし、倉内さんの明るい積極性がどこまでも男らしく感じた。
特に店員への態度が完璧だったので、翔子さんのことなどでの、この前までの印象がもう消えかかっている。
時間はすぐ過ぎた気がしていたら、月に一回はもらえる私の日曜日の休日に合わせて、次は一日遊ぼうと言ってくれて約束をした。
帰りの電車の中では、彼に次に会えるのを楽しみにしている自分がいた。
少しの間なのに倉内さんはずっと、
「由夏さんには特別な魅力がある」
などと、言ってくれたりして、とてつもなく女性を扱い慣れているなぁと感じていた。
でも、いつもなら警戒して距離を置くタイプの男性には違い無かった。
後日、翔子さんから連絡があったので、倉内さんと食事をしたことや次の約束などを言ったら、ちょうど良いという感じで頼みごとをされた。
「由夏さん、倉内さんに借りたパジャマを代わりに返してくれません?」
「どうして?会う機会ありますよね?私は一応何も聞いてないことになってますけど。彼の性格からして、あの日のことは格段、気にしてないでしょう…きっと」
「うん。でも、あれから全然、連絡してないし」と、言って、翔子さんは何回か言い訳をして頼んできたので、もう承諾した。
次の日、久しぶりに会う翔子さんは仕事帰りのスーツ姿の大人の女性の雰囲気で、いつものイメージだった。
彼女に会うのがこれで最後になるとは、はっきり決めていなかったけれど、私の心配をよそに自由な振る舞いの夜からは、気持ちが冷めている。
思えば以前から時折、辻褄が合わないことを言っていた。
彼女にとっての私は、私が思うより大切な友達とかじゃなかった訳で、何も言うことは無かった。
早々に男性用のパジャマの入った紙袋を受け取って家に帰った。
そのことを倉内さんに伝えた。彼は
「もう別に返さなくていいからとは言ってあったけどね」と、答えたら、すぐ別の話に切り替えてきた。
彼の話の展開は常に早く、私との2回目のデートをする場所を決めていた。
彼の休日の趣味はテニスらしく、食事をした後に一緒に行こうと誘われた。
日曜日になって、私は朝からバイトに入った。
開店後しばらくしたら、副店長の奥さんが1歳くらいの赤ちゃんを連れて受付に来た。
その横で副店長も来ていつも以上にニコニコと優しい態度で家族を紹介してくれた。
少し話をしてくれていると次第に分かったのは、前に受付いた女性従業員の無愛想の度合は、相当なものだったということ。
それで奥さんは私とだけ話をしたら、にこやかに挨拶をして子供と二人で帰って行った。
それをみて、私に会うためだけに彼女は夫の職場に来たのが初めて分かった。
大人しい優しそうな奥さんは結局、私のことを見に来たというか、偵察に来た様なのに驚いたけれど、数日後の驚きはこんなものではなかった。
ごく幼い子供を見ると、私はどうしても生後1カ月で亡くなった弟の督を思い出してしまう。
両親の離婚の原因になってしまった、督の急死は両親と私の心と生活の全てを引き裂いた。
私が10歳の時に、やっと二人目の子供として弟の督が産まれて、両親も私もとても喜んでいた。
督は、ある朝起きると、もう息をしてなかった。
人生はあっという間に陰りを帯びて、私は自分では、どうしようもない事で全てが変わってしまう怖さを味わった。
それからは、当時2歳の従兄弟の旭に代わりを求めて、余計に可愛がっていたこともあった。
旭は、幼い頃は可愛い男の子だったものの小学生の高学年になる頃には大人びて、すっかり会う機会も減ってしまった。
今はもう、大学に入った旭に会えるのは年に一度、お正月くらいになってしまった。
こうやって、子供を自分で欲しくなって、そこそこ好きな男性を見つけたら結婚するものかと思っていた。
でも、今の自分は別れて四年も経つ征治さんへの気持ちの整理の仕方もわかってない。
子供が可愛いと言っても、幼い頃の旭を可愛がっていた時も私の想いは、たった一人の存在の督に逢いたいということ。
もし、生きていたら今頃、大きくなった督は、きっと父親に似て綺麗な少年になっていただろう。
父親は督の死後、家での会話が減り母親と気持ちがすれ違い、家に帰ってこない日が増えた。
その上、一年も経たない内に、違う女性と結婚すると言って家を出て行ってしまった。
残された私と母は絶望感の中、二人で生きてきた。
大好きだった征治さんに出会って、盲目なほどの恋に落ちても、私の一番大切な人は母親に変わりなかった。
夕方になって、ボウリング場のお客様の多さもピークになってきた頃、登崎君がバイトに入ってきた。
明るく優しい彼の顔を見れて嬉しいと思うけれど、この間の普通で考えられない彼の行動には、やはり思い出すと戸惑いを覚える。
あの後、隣にいた萌絵さんは何事なのと、いろいろ質問してきたものの二次会に行ってお酒の席に座っている時は、もう他の話しかしなかった。
萌絵さんには分からないと思うけれど、私は弟の督の面影を頭の中で成長させて、常に追い求めている。
本当なら督と同い年の登崎君は、勝手に可愛い弟に見えてしまう。
あとの二人も同じだけれど、一番話しかけてくれるし常に優しい良い子と思っていた。
何より、あの時肩をハグされても嫌な気持ちには全くならなかった。
私は、出来るだけ普通に
「おはようございます」と、挨拶をすると、登崎君はいつもの落ち着いた様子とは違うものの丁寧に挨拶を返してくれた。