月曜日になって、僕は昨日のことを思い返していた。
アミューズメントプラザのスタッフ休憩室で久しぶりに会った、帰り仕度の椋井さんは少し遠慮がちに一言
「登崎君に言いたいことがあります」と、真っ直ぐに僕の方を見てきた。
緊張して彼女の言葉を待つと、すぐに直視できないような可愛い笑顔をし、片手で僕の腕を軽く叩いて
「何か悩みがあったら相談に乗りますよ?」と言って、お姉さんらしく頷いた。
その瞬間、僕の気にしている様々な事柄は明後日の方へと吹き飛んでいくようだった。
椋井さんは、春呼から僕の家庭事情を少しだけ聞いたらしい。
でも、一度は話をしておかないとと、僕は彼女に向き合った。
この前のことを謝って、他にも何か言いたかったけど、あれだけ考えていたことは全部頭から消えてしまっていた。
椋井さんに
「何も気にしていないよ」と、優しく言われてホッとした途端に消えた、という感じで、その後は彼女の目をほとんど見れなかった。
前より余計に椋井さんが綺麗に見えたのがせいだけど、これを意識し過ぎというのかと思った。
 そして少しの間、ここでのことを話したら、椋井さんは大げさな態度で
「疲れたぁ」と言って、僕に笑みを向け帰って行った。
さっきまで彼女のいた空間をぼんやり見ながら、出来るだけ長くこんな日々が続いていて欲しいと思った。
それで、椋井さんについて新しく知ったことは、彼女は初夏の五月生まれで、かなりの寒がり屋なのだということだった。
受付に足元用のヒーターを別に用意してもらっていた。
ここの主任は椋井さんより年下だけど、まんざらでもなく色々面倒を見ているようだった。

 それなりに忙しく年の瀬の週末を過ごした。
昨日の夕方会えた父親は、前より顔色が良くなっていて安心した。
僕は時々会いに来ると約束し、進学のことも少し相談した。
年明けは、まだもう少しずつ部活に気合を入れていく。
 こんな僕の周辺は、いつも通りのはずなのに、形の無い一つの微かな希望が、目に映る全ての景色を違って見せていた。


 昼休み時間が半分過ぎた頃、クラスに春呼が来た。
いつものように僕の隣の席に座って、僕の両親の離婚の話などを何とは無しにしてきた。
幼なじみだから春呼もよく知っている僕の両親も、春呼の両親のように仲の良い時があった。
一向に治らない父親の精神的な病を自分が支えていけたらいいのにとは、今は強く思う。
父親を想うと、僕は少し寂しそうな顔をしていたとは思う。
すると、春呼は目元を鋭くして、いきなり核心をついてきた。
「寂しいからって、大人の女性に甘えたくなった?椋井さんはお母さんでもお姉さんでもないんだから、ダメでしょう!」
僕は、かなり焦って返す。
「甘えたくなっては無いけど! 春呼は何が言いたい?」
「分かってること。新汰は今だけ…私に甘えてもいいよ」
急に戸惑いしかないことを提案された気がした。
「毎日寒いし、少しなら私の背中を貸してあげても別にいいよ?」
そんな事をさらりと言う、普段と変わらずはっきりとした口調の彼女は、どこか決め付けた顔をして、さっさと自分のクラスに帰って行った。
まぁ、だいたい春呼の言動は読める自分だと自負していた。
もう何のこととは、とぼけられない。
はっきりした。
春呼はあの時のことを見ていたし、僕の気持ちも全部お見通しということだった。

 僕が9歳年上の女性に恋をしているということを。
それで、何かのヤキモチみたいなのを焼くところが負けず嫌いの彼女らしい。
決して僕と付き合いたいとかでは無いはずで、訳が分からない女心だ。
でも、春呼の少しだけ恥ずかしそうな表情が僕の心に刺さった。
 ちょっと近くから今の会話を聞いていた、まだ何とか真顔の侑斗は今にもニヤッと笑い出しそうで多分、頬の赤い僕は顔をそらすしかなかった。

 冬の寒さは人恋しさを増すように思う。
春呼の肩は、きっと温かいだろう。
優しい両親に育てられた春呼の、真面目さと嘘の無い人柄は好きだった。
僕の好きな人は…僕が初めて恋心というものを確信出来たのは、椋井さんであって、春呼では無いのにと考える。
それでも、次いつ会えるのか何の約束もない相手では、戦意を喪失しそうになる。
仕事仲間として、彼女の携帯の連絡先は知っていても何か取り立てて話すこととかは無いわけで…
 昨日の椋井さんの僕を見る目は、弟を可愛がる姉みたいな感じだった。
彼女を想う時、勝てない敵と初めから分かっていて挑んでいく勇者の気持ちみたいだ。
 僕の子供っぽいところを(現実に何もかもが子供なのだけど)少しでも直したら何か変わりそうだろうかと考えてみる。
こうやって、男は大人ぶるのを覚えていくのかと思った。
どうしたって時間をかけないと大人の男にはなれないけど、やっぱり自分の気持ちを打ち明けられるようにしたい。
 こんな絶対的に青い僕を見方を変えれば残酷なだけの優しさで、彼女は眺めていてくれるだろうか?

 もうすぐ学校は冬休みに入るから、少しは会える回数が増えてくれると嬉しい。
クリスマスの日は、ボウリング場で夕方から特別イベントを開催していて、とりあえず僕は昼からバイトに入っている計画でいた。
 どこか気持ち浮かれていたら、あんな事を言い出す前に、他にも春呼が言っていたことを度忘れしていた。