母親の最近の体調は少しずつ良くなっている。
もうしばらくしたら、復職できる様子で安心した。
現在も二人で毎月、弟の督の月命日にお墓参りに行く。
兄弟のいる人達への羨望はずっとある。
突然死で亡くした時と何も変わらない切ない気持ち。
それと共に鎮魂を願う。
生きたかったよね一緒に。督。
6月生まれの督は、盛夏が来る前に天国へ行ってしまった。
督の天使の寝顔しか記憶にないけれど愛おしい気持ちがしっかり残っている。
もし生きていたら督が16歳であったはずの冬は、どうしたらいいのか自分でも分からない感情に揺れている。
先日のクリスマスの日から私は、ずっと督と歳の変わらない登崎君のことで頭がいっぱいになっている。
一番は何より自分の大人としての分別の無さが痛い。
それでも、全部の気持ちを天秤にかけても、人を好きだと想う時の胸の鼓動に勝てない。
ただ誰にも知られなければいいと言い聞かせて、この甘い気持ちに浸っている。
以前、思いがけず彼に肩をハグされた時には感じなかったことが、今は心の中に確かにある。
登崎君は、まだまだ子供らしいけれど、弟の様に可愛いけれど、いつも落ち着きのある彼の今までの話していたことに、純粋な表情に、ずっと安らぎを覚えていたこと。
ボウリングしているのを見てると、集中している様子は綺麗な投球フォームより更にカッコいいところ。
それなのに、あんな笑顔を見せてくるなんて。
仕事が終わってから、疲れを押してバイトに来たのに、急な心の動揺にどうにも困ってしまった。
バイトの帰りに二人で歩いた駐車場では、私はほとんど彼の顔を見ることが出来なかった。
「車まで送りますよ」と、さらっと登崎君は言ったけれど、私は顔を赤くしていたはず。
歩きながら、沈黙も耐えられないから必死で話を思いつきに喋る感じだった。
家に帰ったら、車の保冷箱に入れてある、職場の院長夫人からの全員プレゼントのホールケーキを食べる話とか。
色気のない話ばかり。
どうしたって、私は常識では高校生の男の子に恋する様な歳じゃ無い。
とうに大人の女性なのだからと思い続けている。
学生時代からの親友の御冬に連絡した。
とりあえず、この間の翔子さんとのことを少し話す。
御冬の言うには、彼女はそういうの普通で、悪気もないからねと、あっけらかんとしている。
私は何となくは納得して、独特な彼女の性格や愛嬌のあるところを思い出す。
倉内さんに、もう一度会った時のことを簡単に報告したのを最後に翔子さんには連絡してない。
倉内さんは、あれから時折連絡をしてきて短い時間だけど話をしている。
それで、お正月は出来れば一緒に初詣に行く話をしていた。
お正月も私は普通に出勤の予定が入ってるので、仕事の後に行くのには少し遠出に思ったので確約はしていない。
御冬には美利という妹がいる。
御冬から聞いている話では、美利が中学生だった頃から実質付き合っていた音楽の男性教諭と、高校生になってすぐ結婚を前提に正式に交際していて、もうすぐ婚約するらしい。
美利はまだ19歳だというのに。
当時は12歳も年上の男性教諭を中学生が好きになるのか不思議だった。
それより、歳上男性の方も教師という立場で、ほとんど子供の教え子を相手にするものかが信じられないでいたものだ。
御冬に美利の話を聞くたびに、勝手に年齢差や彼女の若さを心配をしていた。
何度か会ったことのある彼女は、少し気が強いけれど色の白い可愛い子で、いくらでも同級生の男の子から声がかかったと思うのに。
でも今は、どこか自分自身の心の片隅に身に覚えがある罪悪感の方が気になる。
こんな話が自分には全く関係の無いという世界で無くなったのが信じられない。
登崎君もまだ高校生で。
また彼の笑顔を思い浮かべて、凄く恥ずかしくなった。
私は、一人勝手に感情が忙しく滑稽な大人だ。
でも心の何処かでは、この気持ちがいつか落ち着くのを待っていれば良いのだからと思っている。
幼い子供を育てながら結婚生活を頑張っている御冬も夫とは、そこまで順調ではないようだ。主に夫の家族との折り合いが良く無いらしい。
私は、
「そういうのも結婚生活には、つきものだよね」と、慰めながら心が痛い。
御冬は愚痴を言うたび、かなり深刻に考えている様子でいるから。
誰もが幸せになるために、どれだけ頑張っていかないと駄目なのか分からない。
結婚をして長続きするであろう相手を、ずっとそばに居たいと思える相手を探して、見つけ出せる人はどれだけいるのだろう。
私は、もう過去でしかない征治さんを忘れられていない。
当時は、御冬によく相談したものだ。
今も御冬は、そんな私の気持ちを聞いてくれて、そして最後ため息をついて
「自分だけを見ていてくれる王子様は、現実にはいないよ由夏」と、いつも言う。
結婚してから、どこか諦めに近い思いを抱いている彼女は、そんな風に簡単に、私の唯一の男性への理想を否定する。
この前の倉内さんとのデートは普通に楽しかった。
でも、ずっと彼と比べている自分がいた。
征治さんならこう言うとか、こんな風にしてくれるとか。
倉内さんは今のところ、別に私の彼氏になる訳でもないのに。
征治さんの普段はクールでいても、いざという時はどこまでも優しく心を尽くして話も聞いてくれたことを覚えている。
付き合う前から大好きだった。
そして、別れを悩み抜いたあの頃の気持ち。
離婚した他人の幼い子供を育てることの責任は、あまりにも重く決して失敗出来ない。
それで怖くて若い未熟な自分は逃げた。
でも、本当は付き合い始めてすぐに分かっていた。
これから先の私の人生に彼の様に想える人は絶対現れないと。
もし別れを選べば、その先は、一番大切なものを失った心と向き合っていく人生になると。
一日休みで次の日の朝、病院スタッフのロッカーで着替えの用意をしていたら、先に来ていた薫さんが素早く歩み寄って来た。
彼女は明るく笑いながら、整った可愛いらしい顔をより可愛いく見せてこう言った。
「おはようございます!あの、この間のこと、もう大丈夫でした」
「全然気のせいだったみたいで…良かったです」と、少し昨日の経緯を説明された。
それで私も、良かったねと言って、すぐに会話は終わった。
未希さんは何か考えごとで数日少し無口になっていたらしい。私には変化はわからなかったけれど。
主任のことも、もう薫さんは何も言わなかった。
それより、朝からの連絡でパートさんの高校生の娘が自転車で交通事故にあったらしいと聞く。
幸い大きな怪我ではなく、転倒時に少し頭を打ったらしい。
だから、しばらく休みで入院した娘の看病をするらしい。
何となく胸騒ぎがして、心がチクリとする。
後は、いつもどうりの職場で、皆でクリスマスに職員全員に一つずつ購入してもらったホールのケーキはかなり美味しかったなどの話をする。
それにお正月も、主任はいろいろメニューのことで、わがままを出してくるのが分かっていた未希さんは、私に注意をくれた。
「秋野主任は絶対、一番手間のかかるお節を作りたいから、選ぶときちゃんと考えて譲らないと機嫌が悪くなるからね」と。
何でもいいと、譲り合う担当メニューは、ほぼ作り手が実質確定している。
得意メニューもあるからもあるけれど、主任のプライドをちゃんと考えて選ばないといけない。
若手は、普通大量のサラダとか作って、食器の用意に専念している。
でも、主任はメインを任せれば良いとは限らない。
お節は、普段と作るものが変わってくるので、いろいろな意味で注意が必要だった。
少しの緊張感を持って職場での、お正月の元旦を迎える。
お正月も赤ちゃんは何人か産まれる予定で、入院している産婦さんは数人いた。
主任の機嫌は普通に良く、安心したが後でまた痛い思いをすることになった。