「福村主任は働き者だけれど、何か残念な人」と、春呼と蒼成はよく言う。
僕も思っていることだから、うなずいて返す。
でも、彼は九州の田舎から出て来て一人暮らしで夜間大学に通っているのは、結構凄い頑張り屋だと思うので好きな人だ。
いつも一生懸命で、もちろん正月も田舎に帰らずに働いている。
ちょっと無駄な動きが多いだけで、優しいし真面目で、話をしていると楽しい。
主任の両親も何年か前に離婚していると言っていたのも親近感が湧く。
以前、さらっと話してくれた内容は、母親が父親の10歳年上で、主任には弟もできたけど、父親の浮気で離婚したらしい。
そのことに嫌悪感をあらわにしながらも彼自身は、現実的で嫌味のない人だ。
僕は、恋人との年齢差のことを考えてみても実際ピンと来ない。
同じ歳でも、春呼のような美人だとしても、やっぱりそれ以外の目に見えない何かの方が大事とはわかる。
先のことを考えずに行動したら失敗してしまうのか、まだ一度も彼女のいたことのない僕には分からないけれど。
顔を見れるだけで無性に嬉しくなる椋井さんとの年齢差は、主任の両親のような話とは別の世界のことのように思ってしまう。
椋井さんがここに来てからの少しの間で、彼女の言うことや、声や仕草を見るたび自分は、こういう人が好きだったのかと知った。
主任も、聞くまでもなく椋井さんのことを気に入っている。
彼は両親のことがあるとはいえ、頑なに歳の離れた恋人は作らないと決めているみたいだけど、そこに意味があるのかは疑問だ。
そんなことを考えながら、主任に年越しのあいさつをして大晦日の夕方、バイトから帰って来た。
そういえば明日の元旦に春呼は家族と、いつもの神社に初詣に行くと言っていた。
僕の家は、そういう予定が無い。
妹は、昨日から母親の実家に泊まりに行っている。
同い年の従姉妹がいて仲が良いからだ。
一緒に初日の出を見に行くらしい。
だから、今年の年越は母親と二人になるけれど、元旦の夕方は、父親のところに遊びに行く。
昼に里帰りの母親とで、妹を迎えに行って、それから兄妹二人で父親に会うことにした。
冬休み中、陸上部も毎日真面目に行って走っている。
部の顧問から年末年始の注意があった。
体重管理のことが一番で、当たり前ではあるけれど、ここ一月で僕もちゃんと身体を絞っている。
僕は集中力はある方なので、普段は休みがちながら、試合に向けてやる気に満ちている。
特にクリスマスからは、いつも椋井さんのことを思い出しては幸せな気持ちに浸っている。
あれから、バイトの時に少し話す機会もあったけれど、仕事が忙しくて疲れている様で大変そうだった。
それでもいつも優しくて、彼女が大好きだと思う。
年が明けて、妹と二人で父親の家で結構長居を出来た。
お年玉を貰って、買って来てくれていたご馳走を一緒に食べて、テレビを見ながら妹も近況報告をしていた。
去年の今頃はまだ、ここで家族で暮らしていたのが、随分前のように思える。
今日は、父親が嬉しそうにしているのが見れて自分も気分が良くなった。
夜に家に帰って来たら、春呼から連絡があった。
明日の朝から同じ時間にバイトに入る予定になっているけど、何かと思ったら
「新汰、あけましておめでとう!
さっき初詣から帰って来た。
やっぱり、神社で椋井さん見かけたよ。
駐車場の向こうで男の人と二人で一緒にいたから声掛けようかと思ったけど、車多かったので掛けてない」と。
僕は、身体から力が抜けた。
そういえば、春呼は前に教室に話をしに来た時にも、元旦の初詣の話をしていた。
一緒に受付でいる時に聞いたらしく、椋井さんも元旦に同じ神社へ初詣に行くかも知れないなんてことを言っていた。
春呼がその後であんなことを急にいうから、すっかり忘れていたけど、こんなはずでは無かった。
前から僕が椋井さんに色々話し掛けていた時に、彼氏はいないって言っていたし、嘘では無さそうだったから信じていたのに、やっぱり椋井さんには彼氏がいたってことだろうか…
当たり前の様にも思うけど、かなりショックで春呼に返事も出来無いでいた。
何とか
「明けましておめでとう!
明日またな」
と、だけを返したら気疲れして、もう寝ようと思った。
二日の日が来て、春呼が昨日言ったことを思い出しては想像して胸が痛くて仕方ないけれど、朝から走りに出掛けた。
目覚めの悪かった僕は春呼のいらない報告に、勝手に置いてけぼりを食った気がしているけれど、決めた時間、家の近くを走れた。
それから、正月三日間は早めの開店なので、9時からアミューズメントプラザのバイトに入った。
とにかく、明日も昼からバイトに入ったら、ここで会えるはずの椋井さんの顔を見る前に、気持ちを整理したかった。
蒼成と侑斗も昼過ぎに来て入った。
僕は16時までだけど、彼ら二人は夜までいる。
明日はバイトの後、夕方から三人で遊びに行けるのが楽しみだった。
それなのに心が寂しさと苦しさに、ずっと支配されている時間が過ぎた。
ボウリング場に来るお客は家族連れとかで、かなり多忙で逆に救いだった。
普段の様にぼーっとしていたら、椋井さんのことを考えてばかりで、もっと辛いから。
春呼と二人で夕方に仕事を明けた。
着替えた後も、すぐに帰る気もしなくて、一番端のレーンでいつも投げている、近所のお好み焼き屋のおじさんの投球を見に行く。
彼はここの会員で、ゲーム数が毎回三回で、ほぼ毎日来て身体を慣らしているらしい。
お好み焼き屋の休憩時間に歩いてやって来て、本格的な装備も持参の、練習ではパーフェクトゲームも何回か出したことがある人だ。
僕は、真後ろの段差のところで柵にもたれかかって、彼が淡々と投げ続けるのをじっと見ていたら、着替え終わった春呼も隣に来た。
春呼は、おじさんのブレない投球を見ながら前に言っていた、もう少しでここのバイトも卒業が近付いて来るなんて話している。
ほとんど一緒の時期にバイトを始めたし、学校でも、ここでも会ってという当たり前だった日々が終わりかけているのが嘘みたいだ。
今日も化粧をしている彼女は、いつもと少し違うけれど、やっぱりいつもの春呼で、ここで会えなくなるのは実感が湧かない。
春呼が神社で見たという椋井さんの話を出す気もしなくて僕は、彼女の後ろに回って
「春呼、何か寒いし…肩を貸して」と、あまり考えずに言った。
幼い頃に小さな妹に寄り添っていた様な感覚に近い気持ちで、彼女の細い背中に軽く覆い被さった。