あちらこちらで



つつじがキレイに咲いてます✨



毎年つつじが咲くころに



思い出すことがあります✨



子供のころ住んでいた家の庭には



一面につつじが咲いてました🌸



おばあちゃんが大好きだったからだそうです✨



小学校一年の時に亡くなってしまった



おばあちゃんの思い出は



意外にたくさんあって



中でも一番は・・・やっぱりこっぴどく怒られた



あの思い出です。



実家の一階の一部で呉服屋さんを営んでいた



祖母は小学校から帰ると



呉服の中に埋もれて



お客様の接客をしていた記憶があります。



ある日・・



学校から帰って2階の自分の部屋で



友達から借りたばかりのまんがの本を



夢中に読みふけってました。



すると下から祖母が大きな声で



「ちょっとだけ用事で出かけるけどすぐに



帰るから下に降りてきてお店番しておいてー



いてくれるだけでいいからねー」







わたし「はぁい」



と返事したものの



何せ小学一年上がったばかり・・



まんがの本に夢中になってしまって



どれくらいたったんでしょうか・・



「何してんの!お店番頼んでおいたやろー」



とすごい剣幕で(わたしにはそう感じました)



下の階から怒ってる声が聞こえました・・



「あっ!」そこではたと気づいたわたしは



びっくりして下に降りましたが



時すでに遅し💦



あとは何を言われたのか



覚えてないのですがただただ



自分が悪いのはわかっていたので



だまってたのですが~



たった一言



「だから一緒に住むのいやだったのよ」と



言った祖母の言葉に無性に訳もわからず



悲しくなり



家を飛び出してしまいました(((^_^;)



お父さんとお母さんのところに行く!と



小学校のクラスの中ではわたしは



どちらかと言うと目立たない



目立ちたくない手をあげて発表するのも苦手だった



大人しい女の子だった



わたしが今から考えるとこの行動は



なかなかすごいなあと思います



父と母が商売してたお店は



五条室町から四条の場所でしたので



祖母の家のある八条からはまだ



小学校あがったばかりの6才の足には



かなり遠かったと思います。



しかも歩いて行ったことはないので



父のバイクの後ろに乗って連れられたり



車に乗って通ったりでしたので



うすら覚えの不確かな記憶で



ただただ一生懸命歩きました。



どれくらいの時間歩いたのかなあ



途中のどがかわいて



足が痛くなってジュースを飲みたいと自販機を



何度も見たりしてたのを覚えてます



でも・・途中で引き換えそうとは



思わなかった笑っスーパー意地っ張り笑っ



ようやくの思いでお店に着いたわたしを



父は「よう頑張って歩いてこれたなあ



のどかわいたやろう」とニコニコ迎えて



くれました。



母はこっそり「おばあちゃんがものすごく



心配してる、何度も何度も電話してきはって



泣いて謝ってはった。なんで



飛びたじた?すぐに電話してあげなさい」







電話をすると電話先で祖母が



「よかった~なんにもなくて無事でよかった



ごめんやでほんまにごめんやで」と



ずっと言い続けてた



電話を切ったあと母から



「おばあちゃんかわいそうにどうしたん?」



ともう一度聞かれて



「お店番してってゆわれたけどまんが



夢中になって読んでしまって忘れてしまった」



「でも怒るのはいいけど



一緒に住むのがいやだったと言われたし」



と言ってしまった



そのあと父と母の気まずい雰囲気を感じて



言ってしまった自分をなんだかとても



反省したのを覚えてます・・



その後それから先



おばあちゃんには一度も怒られた記憶がない



小学校二年にガンで入院した祖母に



手紙を暑中書いてた



「早く良くなってねおばあちゃん」と



祖母は泣きながら喜んでいてくれたらしい。



15人いる孫の中で一番可愛がられてたと



お土産はいつもわたしにしかなかったと



祖母が亡くなったあと叔父叔母に聞いて



それはわたしの記憶に今なお残ってます・・





いまわたしがお店を営むようになって



改めて祖母に謝りたいな・・



つつじを見ながら



そう思います(*^^*)