草原の海 ■7 | 有限実践組-skipbeat-

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こちらは蓮キョ中心、スキビの二次創作ブログです。


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 じゃばーん。\( ̄▽+ ̄*)/いちよーでっす♪

 相変わらずお待たせしております人魚のお話。謎掛けはそろそろ終わりで今度はそれを回収する番。つまり、書き手としての感覚は下り坂です。


 順番、間違えないようにがんばろっ( ̄◇  ̄〃)

 でもこのお話、この後めちゃくちゃ重くなります。なのでそれを念頭に置いてこの先もお付き合いいただけたらな…と思います。


 さてこちらのお話は、噂の人魚フェア ;>参加物です。

 リンク先はセーちゃん、ことsei様ブログ、「リク魔人の妄想宝物庫」 となっております。


 それでは、蓮キョで人魚パラレル☆めっちゃシリアス!

 ⇒念のため前のお話こちら(自分が判らなくなるのでサブタイトルも入れてみた・笑

◇1・出逢い /◇2・憩い /◇3・憂い /◇4・想い /◇5・惑い /◇6・共鳴


 少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。


 ~ 噂の人魚フェア・参加作 ~

■ 草原の海 ◇7 身震い ■





 一度でも意識をしてしまえば、想いは坂道を転がるように勢いをつけて急速に加速していく。


 そんな二人の想いを遮るように、カナエはふたたび鋭く叫んだ。



「 キョーコ!!何をしているの!?早く身を隠しなさい! 」


「 でもカナエ、蓮が… 」


「 いいからお願い!早く隠れて!!アンタはいたずらに寿命を縮めたいのっ!? 」



 眼下で繰り広げられている光景は、何も知らなければ幸せな風景そのもの。だが知り得るからこそ現実を目の当たりにした風の精の心は震駭せしめた。


 ケンタウロスは火の眷属。その本質は、力づくで奪う者。

 どれほど心優しく見えたとしても、その性根は決して変わる事はないだろう。


 キョーコの笑顔がほころぶのが嬉しくてつい見過ごしてしまったけれど、現実問題としてカナエは人魚を守る術を持ってなどいなかった。


 それをいま、彼女はまざまざと痛感していた。

 どれほど強い風を起こそうとも蓮がこの地にたどり着いたように、さらにもう一体のケンタウロスも間もなくこの湖畔に姿を現す。


 それが、どんな未来につながるのかを考えるだけでカナエは身震いを覚えた。

 躊躇う時間はいかほどもない。風の精は迷うことなく懇願の悲鳴を上げる。


「 キョーコ…!!お願いよ!! 」


 しかし何も知らないキョーコにその焦燥が伝わるはずも無く、人魚は幾度も自分の行動を叱責する風の精にただ困惑顔を向けた。


「 カナエ…どうしてそんなに… 」


 湖畔は太陽の恩恵を受け、余すところなく輝きを受け止めている。

 芝生に身を預けたキョーコと蓮にも同じ温もりが届いていた。

 肌に灯る熱は太陽のそれであったが、幾度もその熱を奪う勢いで風が荒々しく吹き荒れている。


 風が自分達に襲い掛かっては通り過ぎてゆくたびに、キョーコの唇から生まれる聞き慣れない名前に蓮は大きく首を傾けた。



「 キョーコ……えっと…カナエって誰?一体、誰と話しているの…? 」


「 蓮。あの、カナエは私の友人で… 」



 蓮の疑問は仕方のない事だった。


 張りつめた糸の様なカナエの声は、ぴうりと吹きすさぶ風の音でしかなく、キョーコの耳には友人の言葉として届けられても、風の精を意識出来ない蓮の耳には鋭く通り過ぎる風の鳴き声でしか有り得ない。


 中空を見上げて、眉間にしわを寄せるキョーコに倣い同じように蓮も空を見上げてはみたものの、視界に認められる景色の中にやはりカナエの姿は映らなかった。


「 キョーコ!!もうすぐそこまでケンタウロスが来ているのよっ!! 」


「 ケンタウロスって…だってその人、蓮の一族の人でしょう? 」


 キョーコの言葉に蓮の視線がビクリと弾んだ。

 目を大きく見開いてから、聞き間違いかと耳を澄ませる。


「 何?俺の一族がどう… 」


 またもや風が通り過ぎ、自分が呟いた声が溶ける様に辺りに消え入った刹那、蓮がようやく秀人の気配に気が付く。



 カナエがおこした強風は、湖上に限らず森に向かって何度も駆け抜けていた。

 彼女の迷いが現れたのか、森に向かった一陣の風が再び蓮とキョーコを守るように舞い戻る。それによって運ばれてきた空気の中に、微かに秀人の匂いが存在していた。




 ……たとえばもし、今までの風が全て逆風だったとしたら。



 湖から森へ、ではなく森から湖へ、だったのなら。風に乗った秀人の香りが素早く蓮へと届けられた事で、蓮が友人の存在に気付くのはもっと早かったに違いない。


 なぜならここが戦地なら、蓮は迷わず自身を風下に置いていた。



( …あいつ…追って来てたのか… )


 駆け抜けていく風を追うように蓮は森へ視線を投げた。

 視界を狭め、きつく睨みつけた森の中、視野に認められる変化は微塵もなかったものの、鍛えられた鋭敏な神経は正確に自分と秀人との距離を感じ取らせた。



 ――――― 危険すぎる…。



 あまりに近い秀人との距離。悩んでいる時間はいかほどもない。


 現状を認識した蓮の神経がざわりと哭いた。

 肩に緊張が走ると同時に感覚を最大限にまで研ぎ澄ます。


 蓮は変わらず空を見上げるキョーコに倣ってもう一度空をふり仰いだ。

 自身の視界に映るのはやはり陽葉とした樹々と青い空ばかりだったが、それでも蓮はカナエの存在を素直に認め、そしてそれを受け入れた。



「 キョーコ。カナエって子がいるんだね? 」


「 蓮、ごめんなさい、あのね…? 」



 自分達を取り囲む水辺際の周囲には、比較的背の高い雑草が生えている。

 意思を伝達する手段のように伸びた枝にはツタが集い、木々の隙間を埋める豊かな緑が湖畔を誠実に守っていた。


 だが逆に、いまはその豊かさが地に伏せた自分達から森を見通す視野を奪っている。

 恐らくこちらが彼を見つけるよりも早く、秀人からはキョーコがはっきりと目に止まってしまうだろう。


「 カナエは私の友人で、風の精なんだけど… 」


 キョーコの言葉に耳を傾けながら、名残惜しい気持ちが蓮の後ろ髪を引いていた。

 どうしても彼女に逢いたいと思ってここに来たのだ。


 昼間だと言うのに。

 恐らくは自分の声で目を覚まし、わざわざこちらに赴いてくれた彼女の優しさが愛しくて、同時に離れなければならない事にまた心が切ない悲鳴を上げる。



 ………逢いたくて、切なくて…



 ――――――― どうしようもなく恋しくて…



 身を襲う疲労感なんてまるで無視して辿り着いた孤高の湖。

 ふたたび離れたくはなかったけれど

 けれどいま、自分が何よりも優先しなければならないのは、キョーコを護ることだった。


 人魚を愛しく見つめ返し、蓮は続く彼女の言葉を静かに受け止めた。



「 いまは湖に戻れって、何度もカナエがそう言うから私… 」


「 そう。判った。…理解したから 」


「 え? 」


 それはキョーコにではなく、自分が気付かない間に幾度も忠告を与えてくれていたのだろう風の精に向けた言葉だった。

 恐らくカナエ、という子は知っているのだと蓮は思った。


 育む者である人魚に、ケンタウロスを近寄らせてはいけない真の理由を…。



「 キョーコ、ごめんね?そうだよね… 」



 そして改めて実感する。

 たとえ秀人であったとしても、キョーコの存在を教えるつもりなど微塵もないと。



「 君はまだ本来なら休んでいる時間だし 」


 浅く溜息を吐き出して、蓮はつとめて平静に笑顔を浮かべた。

 自分の言葉に表情を歪めたキョーコに向かい、人差し指を一本持ち上げそれを自分の口元へと運んで声を低める。


「 だから、俺が呼んだのに勝手だと思うけど、いまはまだ休んでて?俺、今夜また来るから。カナエって子が言うように、それまで湖の中で休んでいてくれる? 」


「 え?…でも… 」


「 ね?俺、また夜に来るから。そのとき話し相手になって? 」


「 ……… 」


 蓮の意図を読むことが出来ず、キョーコは躊躇いがちに視線を逸らした。


「 …キョーコ? 」


 穏やかな声で自分の名を呼ばれ、ゆっくりと彼を見上げる。

 柔らかく自分を見つめる蓮の瞳。けれど結ばれた唇から先ほどまで感じられなかった緊張感が見て取れた。


 いつの間にか空気が凪いでいた事に気づき、次いでカナエに視線を移した。

 自分を見下ろす親友の顔はやはり表情が曇ったまま。


 堪え切れずに、顔を俯かせて一度だけ軽く息を吐いたキョーコは、眉間にしわを寄せて瞼を閉じた。



 …だいたい、いつもそうなのだ。


 世界を知りたいと思っても知らない事の方がはるかに多く、また知識を持つ人の大半は自分に何も教えようとはしない。


 それでもキョーコは自身の心に浮かんだ不満の芽を押しつぶし、了承の意思を言葉に乗せた。


「 うん…判った… 」


 親友のカナエが、再三に渡り身を隠せと鋭く叫んだ。

 そして今度はあんなに切なく自分の名を呼んだ彼が、同じようにそれを促している。


 自分がいま口にした言葉とは裏腹に、理由はまったく判らなかったけれど。

 この二人が自分にそうしろというのなら、そうした方が良いのだろう、とキョーコは自分を納得させた。


「 ごめんね?俺、身勝手で… 」


「 違う!そんな事は思っていないの。だけど、約束よ?絶対に来てね? 」


「 うん、大丈夫。絶対に来るから。君に逢いに… 」


「 …じゃあ、夜に 」



 湖水に身を投じるため、キョーコが腕に力を込めて上半身を起こすと、やんでいた風が再び豪風となって湖上をけたたましく通り過ぎた。

 二人の間に吹き荒れる風の音に紛れて、泣き声にも似たカナエの声がキョーコの鼓膜に鋭く響く。



 ―――――― 早く、早く隠れて!!



 風の音は蓮の鼓膜も容赦なく揺さぶり、その楽の音の中。確かに蓮の耳にも風の精の言葉が届いた。



 大地を蹴り上げ、人魚の尾が優雅に翻るとキョーコの下肢を守る鱗が陽の光に照らされて美しく高貴なきらめきを放つ。

 空を舞った人魚の美しい肢体はそのまま湖へと吸い込まれてゆき、鋭くも優雅に流れてゆく泳姿を見送った蓮の耳に、確かに友人の声が届いたのはキョーコの姿が視認できなくなった直後だった。


「 久遠?そこにいるのか? 」


 声を掛けられ秀麗な顔に物悲しい表情を浮かべた久遠は、諦めとも安堵とも取れる複雑な溜息を吐き出したあと、いつもの調子で仲間に返事を返した。


「 秀人。まさか俺を追って来たのか?ずいぶん暇を持て余してるんだな… 」


「 暇って何だ…そういうお前こそ何してるんだよ。こんな水辺で 」


 森の中では見る事の無かったツタやシダ類を難なく跨ぎ越え、久遠のそばに身を寄せた秀人はその場で周囲を見回した。


 見間違いじゃないはず…。そうは思ってもいまいち確信が持てなかった。

 ここにたどり着くほんの少し前。薄暗い森の中に届いた目を射るような眩しさ。


 その輝きはとても鋭く、反射的に目を細めて顔を上げた視界の向こう、確かに大きな影が空を舞ったのが見えた気がした。



 あれは水面の反射なんかじゃない。



 太陽の光にさらされた湖面はいまもキラキラと輝いている。

 水際に視線を落とせば無邪気に泳ぎ回る小さな魚が目に止まった。


「 久遠…いま、大きな水音が聞こえなかったか? 」


「 ん?魚が跳ねたりはしたけどな… 」


 平然と答えた久遠を一瞥してもう一度湖水に視線を戻し、目に映った魚の小ささに秀人は思わず苦笑を漏らした。



 ……言いたくないって、ことだよな。



 だが彼の中では強い確信が揺れていた。

 久遠の元にたどり着けさえすれば、自分に見せた久遠の変化の答えは必ず判るに違いない、と。

 そして、それはその通りだった。


 風に乗って幾度も自分の耳に届いたのは、彼が誰かを呼ぶ声だった。

 強風に遮られて聞き取ることは困難に近く、何と言ったのかは判らない。


 けれど切なく求めるあの声が、全ての答えの様な気がした。



( この場所、もしかしたら逢引の場…とかかもな。少なくとも水辺なら一族は迂闊に近寄ろうとはしないしな… )


 そんな事を考えながら秀人は敢えて追及はすまい、と思った。

 たぶん時期が来さえすれば、きっと話してくれるに違いない。


 四つ足を折り畳んで久遠の隣に腰を下ろす。

 湖を見つめる友人の横顔を眺めてからゆったりと森に視線を移した秀人は、薄暗いそれを一見したあと再びまばゆく煌めく水面に見入り目を細めた。


 ふと湖面に花が浮いているのを見つけ、口端を緩める。

 季節の違う花ばかりである事に気づき、追及はしない…なんて考えたくせに、つい久遠をからかうように口を開いた。


「 なあ久遠。この花、どこから来たんだ? 」


「 さあ?でも今日は風が強いから、どこからか飛んで来たんじゃないか? 」


 的外れな久遠の返答に、秀人は更に口端をつり上げた。

 季節の違う花だぞ?と言おうとしてやはりそこで思いとどまる。


 よく考えたら、久遠が花を摘む時間なんてどこにも無かったのだ。


「 …久遠? 」


「 なんだよ 」


「 もし目を付けた子がいるなら、花なんかをプレゼントしてみればいいんじゃないか? 」


 秀人の言葉で思わず彼の顔を覗き込んだ久遠は、声を発することなく目を大きく見開いた。素っ頓狂に口を半端に開け放ってから、やがて穏やかに瞼を閉じて小さくクスリと笑った。


 さすがにもう実行済みだとは口に出せない。


「 いないよ。そんな子… 」


「 そんなこと言っていたら、お前、本当に適当にあてがわれるぞ? 」


「 …そう、だな。もしそうなったら、それはそれでもう、しょうがないよな… 」



 どこか諦め気味の光が、久遠の瞳で瞬いていた。


 妻求村での彼の表情を思い出し、何かを振り切ったんじゃないのか、と聞こうとした秀人はやはり言葉を飲み込み唇をかみしめる。


 悩みがあっても口には出さず、憂いがあってもそれを表には出さない久遠。

 妻帯問題が浮上してから、こんな風に秀人は何度も言葉を飲み込んできた。


 掟は掟だ。守らなければならない。

 過去、その言葉を彼に放ったことはなかった。それは、たとえ成人するための仮の村とはいえ、その村で長を務めている久遠がそれを理解していないはずが無いと思ったからだ。


 それに言った所できっと、余計なお世話だと言われるのが関の山だろうことも目に見えている。


 けれど、何とかしてやりたい、とそう思っていた。

 そして、そう思っている友人がいるのだという事を知って欲しいと何度も思った。

 己の別をわきまえ、いつも事務的に事を成そうとする久遠。


 掟を誰よりも苦痛に感じ、誰よりも義務的にそれをこなそうとしている、そんな健気な友人を救う方法が、たった一つだけあった事を思い出した。



 鋭く射抜くような煌めきを感じた、あの一瞬に…。



「 久遠… 」


「 うん? 」



 久遠は、きっと嫌な顔をするだろう。

 幼い頃にこの話を聞いた久遠は、今では考えられないほど酷く不機嫌になったのを覚えている。

 学ぶことが好きなくせに、それすらも放棄して。心を閉ざした幼い日の彼は、それからしばらくの間かたく口を閉ざし、家から一歩も出ずに誰からの接触も絶った。


 そうだ。ちょうど、この伝説を聞いた直後だった…。



「 もし人魚がいたら、お前どうする? 」


 突拍子もない秀人の質問に、久遠が激しく肩を揺らした。

 同時に二人を見下ろしていたカナエも人知れず目を見張る。


「 …え? 」


「 考えたことないか?俺、思い出したんだ。そして考えた。もし人魚がいたらって… 」


「 何を唐突な…。あれは、幼い頃に聞いた伝説だろう? 」


 長いケンタウロスの歴史の全ては、口伝えで伝えられる。

 両親の庇護を受けている幼い時分に、彼らは自分達の一族の歴史についてその多くを学ぶのだ。


「 けど伝えられている話だ。…なあ?不死身の身体を手に入れることが出来たら、妻帯問題なんて無視できるだろ? 」


「 バカ言うな!俺は…!! 」


 跳ね返って来た久遠の声に大きさに、秀人は苦笑を漏らした。

 幼い頃の彼の姿を今の久遠に重ねて、あの時も確かにこいつはこうだった…と懐かしげに眼を細める。


 久遠を救う方法だ、なんて思いながら、けれど自分の脳裏にはいま別の思いも掠めていた。

 何を比べても久遠に敵わない自分が、もし彼を上回る事があるとしたら。それは、不死身を手に入れた時ではないだろうか、という淡く儚い期待が。



「 …秀人、村に戻るぞ 」


 不機嫌そうに眉をひそめ、ぶっきらぼうに言い放った久遠は素早くその場を立ち上がった。

 不快な思いよりももっと強い感情が、一刻も早く湖から離れるべきだと、早く、早くと追い立てる。

 何よりこれ以上この場所で、この会話を続けたくはなかった。


 いま確かに姿は見えないけれど。

 もしかしたらキョーコがこの湖のどこかでこの会話を聞いているかもしれない。


「 久遠!!なんだよ急に… 」


 追いかけようと身を起こした秀人は腕を伸ばし、久遠の手首を軽く掴んだ。刹那、鋭く手を振りほどかれてもさほど気にも留めず、行き場を失くしたそれを使ってパンパン、と前足の膝を叩く。


「 やっぱり不快に思ったか?お前ってほんと、妙なところがやさし… 」


 視線を上向かせると自分を見下ろしていた久遠の眼差しとぶつかり、秀人は笑顔を凍らせた。


 まっすぐに投げられた視線を受け止め、ゾクリ…と冷たく背筋が踊る。




 …―――――― 初めて見た。お前のそんな目…




 火の眷属を彷彿とさせる、燃える感情を乗せた瞳。

 蔑むような、嫌悪するような、侮蔑するような、けれど深く傷ついたような…。


 自分へと向かって来るそれは、様々な感情を孕みながらもいま正に自分を射殺さんとする鋭さを放っていた。


 いつも温和な友人の、凍てついた眼光を目の当たりにした秀人はゴクン、と固唾を飲み込んだ。



 コイツには敵わない。

 それを、何度思い知ったか知れない。


 長く続いた一族の歴史の中で、妻を娶らなかったケンタウロスが過去に存在しないように、不死身を手に入れたケンタウロスもまた同様に存在していなかった。


 たとえば不死身を手に入れたなら、歴史に名を残すことが出来るだろう。

 そのことに意味を見出すことは出来なくても、久遠に勝ってみたいと思うのは、やはり自分がケンタウロスだからだろうか。


「 …お前、バカな事考えるなよ? 」


 苦み走った表情で振り向いた久遠は低く声を発した。

 秀人は小さく自嘲したあと、前足だけを折り畳んで湖水に手を忍び込ませる。


「 考えてる訳ないだろ。第一もし人魚がいたとしても、あっちから寄ってくるはずもないしな 」


 ここにたどり着いた時と同じ。湖面は太陽の光で煌めいている。

 水面一杯に光を受け止めていると言うのに、太陽熱を吸収することなく水温を一定に保った湖水は、侵入してきた秀人の手肌に直接その冷たさを訴えた。

 それを少しだけ味わい、秀人は手を振って水気を乱暴に払いのける。


「 水を浴びるのでさえ白い目で見られるのに、こんなに冷たい水に浸かって人魚を探すなんて、ケンタウロスにすれば自殺行為だ。禁忌じゃなくても難しいよな… 」


「 秀人!! 」


「 冗談だよ。そんな怒るなよ。それに、人魚は海の生き物だろ 」



 気を抜けば拳が飛んできそうな久遠の様子に、秀人は両手を上げて肩を竦めた。

 感情を殺した友人の視線は瞼の動きで遮られ、妻求村で見た時と同じ筋肉質ばった久遠の背中がふたたび秀人の前に現れる。


「 …先に行くぞ 」


 鋭く踵を返した久遠から顔を逸らし、秀人はもう一度ひっそりと湖へ視線を投げた。


 考えてみれば、不思議な話だ、と思う。


 過去、人魚の肉を食べて不死身になったケンタウロスなど一人もいやしないのに。

 なぜその話が口伝されてきたのだろうか。


 それはどこか夢物語のようであって、けれど突拍子もない逸話だからこそ真実なのではないかと思える。



「 …宝物っていうのは、たいてい手の届きにくい所にあるもんだよな… 」


 その時、先ほどまで凪いでいた一陣の風が呼吸を奪う勢いで秀人に強くのしかかった。

 苦しさを覚えて慌てて湖から顔を背けた秀人は、足早に村へと歩みを進める久遠の背中を追って駆け出した。


 刹那、秀人を苦しめた風はそのまま彼のつぶやきを乗せて再び森を駆け抜ける。

 それは恐らくカナエの意思によって、急いで湖から立ち去ろうとする久遠を追いかけ彼の耳元に届けられた。

 久遠はその一言一句を正確に心に刻む。



 ……宝物って言うのは…



 届けられた言葉のおぞましさに心を歪め、久遠はピタリと足を止めるとその場できつく瞳を閉ざした。



 なんてバカな真似をしたんだ俺は…。



 あまりにも配慮の足りなかった己の行動の未熟さを悔い、眉根をひそめて握り拳を作る。

 しかし、どれほどの後悔が胸に渦巻いた所で、過ぎた時を取り戻すことは神でさえも出来ないのだ。



「 久遠、置いていくなって! 」


 立ち止まった久遠の背中に秀人はそう呼びかけたが、この願いもまた叶えられることは無かった。


 大地を蹴り上げた久遠は不安を払しょくするかのように前を見据えると一目散に駆け出した。



「 ちょーっと!!なんでそんな容赦ないんだよ、お前は!久遠!! 」



 呼び声はもう、久遠の心には響かない。

 いま彼の脳裏を駆け巡っているのは、黒く淀んだ思考のみ。





 ―――――― 秀人がもし、キョーコを見つけたら…?





 ゾクリ…と背筋が震えた。



 キョーコを失うかもしれない…。



 想像するだけで身の毛もよだつそれが、他ならぬ友人の手によって行われるかもしれない、という恐怖。



 頭の中で最上級の畏怖を味わいながら薄暗い森を走り抜け、村に到着して家の中に駆けこむまでの長い長い時間、久遠は怯えて戦慄する背中を一時も休まず走り続ける事で何とか隠し通した。






 ⇒草原の海 ■8 へ続く


続きは早めにUP出来るように頑張ろうと思います。


⇒草原の海◇7・拍手

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