私が母と半年、縁を切っている間、ガンを患う父は放射線治療を受けていた。

 

  その事実は私に何を教えてくれたのか。

 

  それは、「親がいつ死ぬか分からない」ということ。  

 

  親が何歳であろうと、生きとし生けるもの、いつ死ぬか分からないのですが。

 

  80過ぎの両親、ガンともなれば、いつ死ぬか分からない、という想いが現実になったようで。

 

  自衛官だった父は、殉職した友達について「○○ちゃん(私のこと)に初めて話すんだけど」と語り出し。

 

  母は、お正月に娘と孫にシカトされたのと、夫がガンで放射線治療を受けるために35日間、病院に付き添ったのがよほどつらかったとみえて、普通のいいおばあちゃんに。

 

  老夫婦だけでガンと闘うのはどれだけ心細かったことか。

 

  だったら、「縁を切られるようなことすんなよ、母ちゃん」と私も父も思うのですが。

 

  放射線治療が終わってしばらくして、父はやはり母にムカついたことがあったそうで。

 

  あら、懲りずに家族に嫌がらせをする母も、母にムカつく父も、まだまだ元気だったのね。

 

  放射線の治療は効果があったようである。

  

  で。

 

  昨日、父は私に「おじいさんに坂本龍馬がカネをせびりにしょっちゅう来ていた」と言い出し。

 

  さらに、押し入れのすぐに見えるところに飾ってあった4空のワッペンを「これ、カッコいいね」と私が父に言うと、父は「これはね、今はオリーブの葉がついていて、デザインが変っているんだよ」と熱く語り、「○○ちゃん(私のこと)にこれあげる」と言い出し。

 

  4空とは八戸に駐屯する海上自衛隊のことであり、八戸は陸海空の三軍が揃っているので大きな基地なのです。

 

  黄色の4という数字を精悍な顔つきの鷲が守っている、みたいなデザインで。私は子供の頃、このワッペンを見て父を誇らしく思ったのですが。

 

  鷲が使われているところ、やはりアメリカの国鳥である白頭鷲を意識しているのだろうか。

 

  海の神であるネプチューンをモチーフにした何かも子供のときに見た気がする。

 

  ロクでもない父親のせいで高校を辞めて公務員になった父が老いを感じたとき、その父親が名家の出であることが父の拠り所なのか。

 

  そして、自分は海上自衛官としてお国のために命を賭けた、という記憶も拠り所のようで。

 

  今日、私は、息子が鎌倉で買ってきたお土産の鳩サブレと私が炊いたタケノコご飯を実家に持っていきまして。

 

  自宅から愛車、英ラルー社の赤い自転車で片道40分です。

 

  このくらいの距離、朝飯前なのですが、母は「まさか自転車で来るとは思わなかった」と仰天。

 

  私が普段、自転車で20キロほど走っているのを知らなかったようで。

 

  父も居間で私を待っていて、こんなに娘の来訪を喜ぶとは、やはり老夫婦がガンと闘うのは大変なのである。

 

  「死ぬ前にうまいものを食わせようと思って」と私がタケノコご飯が入ったタッパーを渡すと、母はボロボロこぼしながら茶碗によそうのですが、もうよく見えていないのだろか、手元がおぼつかないのであろうか。

 

  母の老いをしみじみを感じた瞬間です。

 

  で。

 

  家に帰ってきて、図書館から借りてきた「竜馬がゆく」を読んでみました。

 

  以前、読んだことがあるのですが、私も初老なのでほとんど内容を憶えていませんで。

 

  でも、面白いですねえ、司馬遼太郎は。

 

  連休の明日までに5冊すべてを読み終わるのか?

 

  分かりませんが。

 

  さてさて、この本に私のひいおじいさんらしき人が出てくるでしょうか?

 

  たぶん、出てこないと思います。

 

  それでもいいのです、父にとって自分の家系が誇りなら。

 

  もうね、身内を自慢するにも、父の話なんて私が話を聞くたびに言うことが変わってますから。

 

  本人も記憶があいまいなんでしょう、いや、話を盛りたいんですね。

 

  誰にとっても、誇りにしているものなんて、そんなものかもしれません。

 

  本人の記憶の中で美化されているというか、勘違いしたいんですよ。

 

  だから誇りにできるんですね。