母が他界する一ヶ月前、業者さんに庭と家の中の不用品を片付けていただいた。


見積もりに来て下さった方も、片付けに来てくださった方も、若くて感じがよくて、そこそこイケメンだった。


母は、明らかにご機嫌だった。


母が他界する二週間前、車で消防署に行き、指輪を切断していただいた。


事前に電話して、予約すると、消防士さんが二人、駐車場で待っていてくださった。


指輪は、海上自衛隊の整備士だった父がグアムで米軍機の整備をしたときの土産で、かまぼこ型の太いもの。


糸を巻いてもなかなか外れなくて、器具を使って切断しようにも時間がかかり、通りかかった消防士さんも加わり、五人がかりでやっと外れた。


皆さん、若くてイケメンで優しいので、母は、「指輪を切るところを初めて見るから、すごく面白いわ」とご機嫌だった。


母と私が二人で出かけたのは、この日が最後になった。


消防士さんが駐車場まで来て、車に乗った母に手を振って見送ってくださった。


母も満面の笑みで手を振り、イケメンとの交流が冥土の土産になった。


その消防署の前を通るたび、母の笑顔を想い出す。 


訪問で来てくださるお医者様も、豆腐の移動販売の方も、何かと食べ物を持ってきて下さるご近所さんも、すべからくイケメンだった。


他界する前、一ヶ月の間に次々にイケメンに遭遇したのだから、母は男運があったに違いない。



今日の明け方、急に激しい腹痛が。


臍の左から胃の付近に痛みがあり、寝られない。


鍼灸の勉強をしているので、我が身の不調はすべて飯のタネになる。


早速、手足のツボと経絡を確かめて。


手の合谷から労宮の辺り。


足の踏まずから内踝の辺り。


親指で丁寧に揉みほぐすと、痛みが薄らぎ、なんとか寝られた。


朝、鍼灸を受療。


カリスマ鍼灸師に打っていただきました。


なぜか内臓のことばかり教えて、筋肉のことは教えないんだよね。実際には筋肉の林の中に内臓があるのに。


胃の前に走る筋肉に何か原因があるという。


朝と昼は食事は取らず、キュウキキョウガイトウと丹参だけを服用。


夜は、薄いお粥をいただく。


お粥は久しぶり。


食べ物にありつける幸せを噛みしめた。


一昨日、憩室炎で入院したとき、三日間、絶食した後、重湯、お粥だったわ。


あのとき、久しぶりの食事がありがたくて涙が出た。


誰も見てないから、皿を丁寧に舐めた。


腹部の痛みが消えるまで、お粥にしましょう。







今は昔。


銀座の裏通り、リバイバル専門の映画館に足を踏み入れ。


なぜ、そのとき、そこに行き、その映画を観ようと思ったのか分からない。


時間を潰すためだったのか。


大岡昇平原作の「事件」


化粧が濃い姉(松坂慶子)と世間擦れしていない妹(大竹しのぶ)が話す場面。


それ以外、何も憶えていない。


館内は異様な雰囲気で、私はいたたまれずに、すぐに出てきてしまったから。


満員で、私を待っていたかのように、通路横、一つだけ席が空いていた。


誰も映画を観ていない。


身なりが貧しく、憔悴した顔で目を閉じて。


全員がそうだから、異様な光景だった。


さらに、異様な臭気が漂って。


生きて行くことを投げ出した魂が群れをなし、腐臭を放っていた。


映画館を出て、華やかな通りに出ると、いつもの銀座。


時空の歪みにはまっちゃったのか、私?


あの異空間は、何だったのか。


いまだに謎である。