私は、坂本花織選手が大好きである。


アイスショーで、彼女のスケートを目の前で見たこともある。


なぜ彼女が大好きか?


それは、北京五輪で演技する羽生結弦選手を応援していたのは、日本選手団の中で彼女だけだったから。


なぜ日本選手団の面々が白けた顔で羽生結弦選手の演技をご覧になっていたのか、私には分からない。


テレビに映っていると知って、慌てて少し応援していたのも解せない。


テレビに映ってバレたら都合が悪いことを五輪でやる、そんなことを日の丸を背負った英雄がやるのは、お間抜けである。


何か大人の事情があって、「羽生結弦選手を応援するな」とお達しがあったのだろうか。


いつものように羽生結弦選手を応援していた坂本花織選手。


そりゃ、敵にも味方にも愛されて当たり前。


日の丸を掲げて、いつものように羽生結弦選手を応援していた坂本花織選手の笑顔を、私は忘れない。


坂本花織選手、長い間、ありがとうございます。



 8年前の出来事なのに、いまだに想い出して屈辱を感じる。


なんで私がこんなに少ない稼ぎなの?


なんで私がこんなにつまんない仕事を?


なんで私がコイツにこんなことを言われて我慢しなきゃならないの?


こんなに素敵で、仕事もできて、賢い私が、なぜこんな扱いを受けるの?


女が働いていれば、「もう若くないから・・・」と誰しも辛く惨めな経験をするのでしょうけれど。


高校に入ってダイエーのレジ打ちのバイトを始めてから、私は45年間、働いて、働いて、働いてまいりました。


デイサービスで働いていたとき、最低賃金で、さらに入社翌日から3日間、他のスタッフに無視された。


塾の教室長をしていたとき、教室の閉鎖を社長が私のせいにして、自分からやめるように強制された。


この2つが、私にとって忘れ難い屈辱でござるよ。


しかし、せっかくだから、「このような惨めな境遇に置かれたら、私は何を拠り所に『私は生きていていいんだっ!』と思うのか」を考えてみた。


いかなるときも、何かは掴む。


日本史で習ったわ。頭領は倒るる所に土を掴め。突き落とされても、キノコを掴んで引き揚げられた頭領の話を私は忘れない。


で。


私にとり、私を必要としてくれる我が子、私を愛してくれる男、食うためのカネに困らないという事実。


全く順風満帆という人生はあり得ない。


だから、不遇の時期こそ、自分に取り、何が支えか、絶対に必要なものは何かを考える機会。


ありがたみが分からないと、感謝もしないしね。


ということで。


転んでもタダでは起きねえ


それが生きていくということ。



先日、実家の2階を不用品回収業者さんに片付けていただきまして。


テレビ、エアコン、そして桐の箪笥だけが残された部屋。


一抹の寂しさはあるが、スッキリした気分に。


そして、天袋から散弾銃の弾が出てきまして。


父は生前、猟銃を持っていて、八戸は禁漁区ではなかったので、度々、狩りに出かけていた。


千葉県に越してきてから、禁漁区で猟銃を所持しているのが何かと面倒なので、父は50年ほど前に免許を返納し、猟銃も処分した。


天袋にキジの剥製も置いてあり。


その剥製は、山水のオーディオの上に置かれていて、「掃除するのに邪魔だから処分するように」と母が私に命じたので、私が尻尾を折って段ボールに突っ込んで2階の物置と化した部屋に運んだはず。


当時、山水のオーディオは高価で、レコードなんぞ聴かない父は、自慢の剥製を置く台にするために購入したと考えられる。


八戸市内には、3軒の剥製屋があり、父はいい獲物が獲れると、私を連れて剥製屋に行った。


父は自信がない人で、どもりだったが、剥製屋では店主に敬意を示されていた。


猟銃も山水のオーディオもキジの剥製も、父にとっては、男としての誇りだったに違いない。


キジの尻尾を折ってゴミにしてしまい、ごめんよ、お父さん。


地元の警察署に電話すると、そこでは弾丸の処分は引き受けていないとのことで、印西のガンショップに持ち込み、引き取ってもらうよう指示された。


雨でもあり、ガンショップが不便な場所にあるので、自宅からタクシーで赴き。


タクシー運転手さんの話が非常に興味深くて。


私の父は石岡の出で銃が好きでしたが、茨城県民で豪邸に住んでいる人は、武器が好きですよね。刀を飾っているお宅も多い気がします。


すると、運転手さんは水戸の出で、先祖代々伝わる刀を大事にしているという。


光圀公から拝領した刀で、鞘を抜くと災いが降りかかるという言い伝えがあるので、鞘を抜いたことはない。


運転手さんの隣家も水戸の出で、火縄銃を2丁、所持し、往来から見えるようにガラスケースの中に銃を飾っているそうな。


ガンショップに着き、店主は女性で、どうやら三人姉妹が父親の店を継いだらしい。


私が女店主に弾を見せると、「すごいですね。この時代は、弾を買うのに田畑を売って、と言われたので、富裕層でないと銃を持てなかったのです。こういう弾を見せていただき、ありがとうございます」とお礼を言われて。


たまたま店内にいらした、常連らしき若い男性も、「ああ、これはすごいですね、ナントカですね。今は滅多に見ることができません。見せて下さってありがとうございます」


私は、その店に行って初めて、父の凄さを知った。


だから、実家を片付けてよかった。


ガンショップで銃の実物を見ると、タダの物体ではなく妖気を発していて、武器に魅入られる人が沢山いるのが理解できた。


数多の人々の生死を支配する権力を手にした気になるのだろう。


自宅からガンショップまで往復し、タクシー代は3万円ほど。


全く高いとは思わず。


父は最期、床から出ることすらかなわなかったが、妻と娘に男が男たる由縁を見せつけてくれた。


父が残した弾を称賛していただき、父の物語が完結した。


そんな気がした。