やっと実家の片付けが終わり。
本人に取って、これが勲章だったのね。
そう思われる品々を見ると、男女の違いが興味深くて。
まず、母方の祖父と父は授かった勲章がお宝だったようで。
祖父は、日清戦争と日露戦争に際して勲章を授かったようで。
祖父ではなく曾祖父?
どのくらいの価値があるか、私には分からない。
父は叙勲を受け、園遊会に参列した。
それが父に取り人生最大の栄誉だったのは、私にも分かる。
しかし、そのとき、私は娘がお腹にいて、私は寝ていたいのに父が押しかけてきて、園遊会の土産物を手に 興奮してまくしたてる彼が、迷惑だった。
ものすごく迷惑だった。
じいちゃんの歓喜より、お腹の孫の健康を優先して欲しかった。
私が「今は来ないでくれ」と必死に頼んでも、父も母も兄も押しかけてくるので、それが原因で私は早産した。
私はそう思っている。
母の勲章は、夫から贈られた結婚指輪とグアム土産のイヤリングだった。
それから、書家としての雅号印。
母は、 子供の時から書が売れていたという。
あながち嘘でもないほど、母は書の才があった。
男の勲章は、仕事。
女の勲章は、財ある男との結婚。
母は、書家の証も勲章だった。
さらに母は、息子と娘の知表も大切に保管してあった。
息子の通知表には「しつこく人の揚げ足を取るから見苦しい。やめるよう親からも息子に注意してください」と先生に書かれていた。
母は老いてからも「息子も娘も成績がよかったから、うちはいい家庭だ」と口にする。
「成績さえよければ、他人が嫌がることをしてもいい」という根性は母親としては間違っている。
それを今さら、老いた母に説いても仕方がない。
母は女学校を出て、警察官であった父のコネで銀行で働いていた。
当時、女学校を出た後、お金に困っていないのに働く女性は珍しかった。
その人に取っての勲章は、その人の人生そのもの。
私はこの世を去るとき、何を残すのか。
自分でも興味深い。