昨日、娘と一緒に半年ぶりに実家に行きまして。
「母は助けて欲しい人をいじめて喜ぶ」というヘキがある、と私は気付いたので。
幼い頃から母に対し、「この女と一緒にいると安心できない」という違和感があった私は、長年の謎が解けたのですが。
だって、コイツ、母として人間として間違ってね?
子供が病気をしたとき、当然、母親に助けて欲しいのですが、ここぞとばかりに具合の悪い我が子を「お前は病気たかりだ、親に恥をかかせやがって」と罵る母親は、今だったら幼児虐待、犯罪である。
「そういうことをすると、娘も孫も寄り付かねえぞ」、と強硬手段に出ないとコイツの根性は治らない。
ということで、助けて欲しい私と孫をいじめてうっとりしている母と半年、縁を切っていたのですが。
娘が「入学祝、成人式のお祝い、誕生日のお祝いをまとめていただきたい。ご集金にうかがいましょう」と先日、言い出したので。
で、娘だってババアは嫌いだけど、おじいちゃんは大好きなので。
いざ、電話してみると、母は普通のいいおばあちゃんになっていて。
お正月、娘と孫にシカトされたのが堪えたか?
と私は思ったのですが。
実家に行ってみると父親が少し痩せており。
なんと4月に35日、連続で放射線治療を受けていたという。
ガンだと診断されたのが1年ほど前、担当医が「高齢なのでガンの進行が遅く、治療しなくても寿命は変わらない。体に負担がかかるから治療しない方がいい」と言ったという。
半年前、私が両親から聞いた話はそうであった。
いつ、誰が、どういう理由で放射線治療をした方がいいと決めたのか。年寄り二人だけで病院に通っていると、「この人たちは無知。それに付け込んで治療したら儲かる」という理由でなめられたのではないか。
「娘と孫が寄り付かなくなったから、両親は年寄り二人で治療を受けることを決断したのかも」と思うと、両親が本当にかわいそうになり。
父親の話によると。
80過ぎの後期高齢者なので本人の医療費負担はほとんどなく、そして痛みもほとんどないが、放射線治療を受けている間、下痢がひどく、家でも外出先でもトイレに行くのが間に合うか?ということだけがとても大変だった。ガンは他の場所に転移していないことも分かったし、放射線治療が終わった後の検査結果を見て担当医は「ガン細胞はほとんどなくなったようです。あとは7月の検査でそれを確認するだけです」と言った。治療の効果があったのだから、やってよかった。
母親と孫娘の前ではそう言ったのですが。
後で父親の部屋に行き、父親と二人だけで話してみると。
ガンてね、体のあちこちに負担になるんだね。放射線治療を受けているとき、失明しかかったほど眼にも負担がかかってね、治療が終わったら眼も普通に戻ったよ。髪の毛は抜けなかったけど。ガン細胞は熱に弱いから、毎日、お風呂は10分、ゆっくり浸かって体を温めるといいよ。ガンになって分かったこともあるから、ガンになった人がいたら教えたいな。
ガンになってまで他の人のことを考えてしまう、父親はなんて自分を犠牲にする人なんでしょう。
うちの娘を見て、「お父さん(自分のこと)と一緒だと思った。小さなことまで他の人に気を遣うところが。お父さんは子供の頃から家族に気を遣っていた。兄弟の中ではそうするのは俺だけだった」とずっと思っていたという。
父親は家族のために高校を中退して16歳で公務員になった。
家族のために犠牲になった、とずっと思っていたのかもしれない。
父親の父親、つまり私から見た祖父は家族にとってはロクでもないオヤジであった。
私の父親は高校を中退して海上保安庁に入ったのですが、それは造り酒屋の当主であった祖父が酒屋をつぶしたからで。
息子が海上保安庁に入り、公務員となって家族に仕送りし、祖父はまともに働いていないのである。
息子の仕送りで生活しているジイサマって、どうよ?
「家族は、オヤジもちゃんと働けよ、て言わなかったの?」と私が聞いてみると、その辺り、父親はよく覚えていないという。
なにしろ祖父は変わり者だったから、周りはまともな人間であることを祖父に期待しなかったのかも。
父親は海上保安庁に入り、人が足りないので海上自衛隊に転籍したのですが、「1200人試験を受けてね、22人しか合格しなかったんだよ」と言うのですが。
海上保安庁の試験も関東地方で数人しか合格しなかったので、どうして自分が受かったのか分からない。
そういう話はこれまでも何度か父親から聞いたのですが。
昨日、「○○ちゃん(私のこと)に初めて話すんだけど、自衛官として国のために働いたけど、友達が7人、殉職してね。みんな、亡くなる直前に俺に、会うのはこれで最後、みたいな挨拶をしたんだよ。虫が知らせるっていうけどね、本当にそうなんだ」と言うので。
亡くなった戦友7人の名前を次々に上げ、「当時は海軍の生き残りも結構、いたからねえ。お父さんは戦後、7年経っただけで自衛隊に入ったから」と淡々と話すのですが。
80過ぎてガンの治療を受け、自分もいつかこの世を去るという現実を自然に受け止めるようになったのか。
父親は自分の父親である祖父のことをあまり家族には話そうとしなかった。
オヤジが家族のために働いてくれれば、俺は高校を中退して働きに出なくても良かったのに。
そういう想いがあったのかもしれない。
しかし、老いて友達の死を娘に話す時期が来た今、自分の父親が立派な人だと思いたい。
昨日はそんな感じがして。
人は誰でもなにかしら心の支えがあって生きているのですが、私の父親は茨城では有名な旧家の出なので。
造り酒屋は江戸時代に藩から酒座という酒を造る免許をもらうので、それをもらう時点で名家なんですね。
しかし、「祖父の実家に坂本龍馬がたびたびお金をせびりに来ていた」と父親が言うので。
私の曽祖父が坂本龍馬に経済的な支援をした、という話?
ここまでスケールが大きくなると、この手の話って「私は天皇家の親戚です」と言い張る胡散臭い人たちと同類という気がするのですが。
日露戦争のとき、皇后さまの夢枕に1人の武士が立ち、「露西亜に必ず勝つ。ご心配なく」と言ったという。そこで初めて龍馬が世に知られた。
司馬遼太郎氏の説ではそうだったと思うのですが。
全国の龍馬ファンが、「龍馬は私の曽祖父にカネをせびりに来ていた」と聞いて納得するものだろうか。
しない気がするの。
全国的な名家からしたら、土佐藩を脱藩した浪人はゴロツキの1人、経済的援助と言えば聞こえがいいが、まだ無名の浪人に対しては龍馬に対しては「カネをせびりに来た」と感じていたのかも。
父親は老いている、そして親のために犠牲なったがその親を立派な人だと思いたい。
でも、あの龍馬ですよ?
許してください。
誰にお願いしているのか分かりませんが、私の父を許していただきたいと思います。
