読売新聞で三浦展氏が、「今の若者をめぐる状況を理解するのに役に立った本」と紹介していたので読んだ。


 私は外国に行ったことがない。本州から出たのも、仙台の松島、青森の蕪島(ウミネコの生息地で有名)、沖縄、北海道だけである。なぜかというと、私は病気はしないが体力がないからである。


 外国?行くだけでめんどくさ。


 外国に行くのは自分探しなのか。夢や希望や外国に行けばあるのか。ボランティアにしても、近所の困っている人を助けてりゃいいのに、と思う。


 外国に行きたいとも思わなかった私には、「外国行ったら何かいいことあるかも・・・」という感覚は分からない。そんなこと考えるヒマもなかった。


 この本では、「コミュニティ」と「あきらめ」をキーワードに、ピースボートに乗り組んだ若者を分析している。東大大学院生である著者も、一緒にこの船に乗っているのである。


 私は英語の仕事をしている。なぜかというと、母から逃げる手段として英語の仕事で稼ぐ、しか思いつかなかったからである。何しろ、二ケタの足し算引き算ができないので、文系の仕事しかダメである。


 とにかく、母から逃げたい一心であった。こんなに大変な仕事だと分かっていたら、他の仕事にした。が、とにかく勉強し、学生のときからプロになれたのは、そこまでして逃げたいほどの母親がいたからである。


 プロになれたことを、母に感謝すべきか?いや、母ちゃん、早く死んでくれないかな、マジで。でも、あと20年は生きていそうである。下手すると、こっちが先にあの世に行くかも。


 かように、食っていかなければ、稼がなければ、ということは「私には生きるか死ぬか」、というより、「母を殺すか自分が逃げるか」、の問題であった。


 自分探しだの、外国に行ってみたいなあ、などとのどかなことは言ってられなかった。


 やっぱり、「どんな仕事がいいのかなあ」、だの「私って何?」だの迷っているうちは、まだ余裕があるのだろうか。食っていければ、何でもいいじゃん、と思ってしまう私である。