私が育った家庭は、家族で食事に行くということがなかったので。


高校生になって、マクドナルドが好きという友達がまぶしく見えた。


大人になれば、単なるジャンクフードですが。


で。


お題は、「りくりゅうは、いつでもどこでも絵になる」


ルックスが良く、一流の実績があれば、いかなる場面でも様になる。


土手に座ってハンバーガーにかぶりついても、正装で園遊会に招かれても、ブルガリのジュエリーを身に纏っても、絵になり、ビジネスになり。


ああ、りくりゅうが大好き。


自由奔放なりくちゃんが大好き。


誰も見ていなくても、赤信号の歩道を渡らないという、誠実な木原選手も大好き。


お二人にお会いしたい。


でも。


やっぱり、会わずにいて、「会いたい、会いたい」と夢見たまま、ずっとときめいていたい。


なんだそれ?


って感じでしょ。

今は昔。


二胡友の集まりに誘われて。


最後、一人一人が前に出て好きな曲を弾く。


その集まりのお姫様と思われる女性が「 パプリカ」という曲を弾いた。


なんか変な曲。


そのとき、私はそう思った。


しばらくして、二胡の発表会でその曲を合奏することになり。


お孫さんがいらっしゃる方が「幼稚園で皆、この曲をを振り付けつきで歌ってたわ」と言い。


私も弾いてみたら、すっごくいい曲ぢゃないの!


私は、初めて米津玄師が天才だと分かった。


で、お題は「烏」ですが。


米津玄師さんが「勝利を至上命令とする集団の中にあっても、個人として幸せでいて欲しい」みたいなコメントを。


うちの娘が不登校になったとき、カウンセラー曰く。


「学校に行くより行かないのが快だ」と分かっているから、お嬢さんは健康だね。何をするにしても「自分に取って快なのか不快なのか」が分かっているのが大事。嫌でたまらないのに頑張るのは、ロボットになってるから危険なの。


この発想に、私は目から鱗。


高校の同級生は、ロボットみたいに親のいうことを聞いて、ひたすら勉強する奴らがほとんどだった。


日本代表として優勝を目指すのは、使命。


でも、個人として幸せであるかどうかも大事。


まあ、一流の選手が集う最高峰の舞台ですから、「ほどほどの成績でいいや」という選手はいないかもしれませんが。


私に取って幸せとは何だろう?


母として?


娘として?


プロとして?


人間として?


妻として?


日本人として?


私はロボットになっていないだろうか。


自分のために生きる。それができてこそ、誰かのために生きられる。



地元の駅で「中村敬斗選手」という横断幕を見て、私は彼が有名なサッカー選手だと知った。


市役所に行くと、中村敬斗選手がシュートする姿がパネルになり、その周りに彼を激励する言葉が市民から贈られて。


私が知らなかっただけで、歴史に残るアスリートだったのね。

 

W杯直前、たまたまテレビを付けたら、中村敬斗選手がインタビューに答えて。


フランスの有名なチームで活躍していたが、チームが2部に降格して若手選手が増えたため、中村敬斗選手にボールが回って来なくなったという。


活躍の機会が与えられないのは、正直、ストレスになるが、だからといって手を抜くことはない。常に最善を尽くしている。


彼はそう語り。


一流のアスリートは、生き方も一流である。


2部のチームから日本代表は選ばれないと思っていた由。


 彼を代表に選んだ森保監督も、さすがである。


あ、選んだのが森保監督かは、私は知らないけど。


才ある若者が努力して世界の舞台に立つ機会を掴み、それなのに、チームの都合で報われなくなった。


それは、彼だけでなく、アスリートだけでなく、世に出るべき人にも、凡人にも起こり得る話ですが。


中村敬斗選手のような評価されるべき天才が、彼にふさわしい舞台で煌めく栄冠を手にしていただきたかった。


注・単に彼がカッコいいから好きとも言えます。


W杯の活躍で、中村敬斗選手は、歴史に名を残すであろう。


不遇の時であれ最善を尽くすという矜持。


彼の矜持が幸運を引き寄せたのだ。


彼には「サッカー選手になってよかった」と思っていただきたい。


彼が私に会うことも話すこともないけれど。