〜夫行方知らず〜
🔹本日も貴重なお時間ご一緒して頂きありがとうございます🙇♀️
🔸アメトピに掲載して頂いた様で、私の拙いblogに沢山の方がご訪問頂き、いいねを付けて下さった事ありがとうございます🍀嬉しい驚きです✨
🔹沢山書き記したい事はあれど、言語化能力が乏しい私ですが、ここ数年間ぐるぐると思い悩んだ事に対するほんの少しの糸口が見出せたので、この思いを今書こう!と、思いました。
今回のタイトル『泥んこばなし』では、主に夫婦関係の事や、私の黒い心情も含めて書くつもりです。
正直、爽やかな、楽しい内容は少ないでしょうが、今の自分にとって大切な気づきがあるので書き残したいと思いました。
もし、ご興味ある方は宜しければお付き合いください🙇♀️
🔹この数年、私と夫はほぼ会話がなかった。
必要最低限の連絡のみ。LINEでのやりとりで終了。夫の仕事の勤務形態で、一日顔を見ない日が殆どだったから、生活に支障は無かった。
私の心の中の支障を除いては。。。
『何故?私達はこうなってしまったんだろう?』
🔸ここからは、過去に遡っていきます。
私の母は私が20代の頃、父は息子が産まれて暫くしてから他界している。
父は、私から見たら家庭を顧みず、好き勝手している人だったから、家事や子供の世話なんてほぼしない。時代背景もあるだろうが、亭主関白を気取り、自営業の会社が駄目になった時も、パートを掛け持ちして仕事も家事も必死に、子育てしたのは母だった。
私は父が苦手だった。
いわゆる、仮面夫婦に見える両親の下に育った私には、特別理想の夫婦像は無かったけれど、夫と結婚する時に『話合える夫婦』になりたいと思っていた🍀
🔹私達夫婦は側から見ても仲が良いと言われていたし、元々知り合いから付き合う事になり、夫婦になったので、友達の延長の様な気楽さが心地良かった。
息子を妊娠した時、私は自分の実家に頼るつもりは無く、夫も私の父との関係性を理解していたので、私達は自転車圏内に住む夫の実家を頼った。
夫の両親とは、一緒に旅行をしたり、食事に行ったりと、すごく良好な関係を築けていて、私に対しても良くして下さり感謝ばかりだった。
実際、出産時、初めての子育ては、義母の支えは大きくて、母が居ない私にとっては心強い存在になっていた✨
🔸ほんの少しずつ、少しずつ、私の気づかない位の小さな綻びや心に刺さる棘はあったのかも知れないけれど、それは時間と共に癒えて見えなくなる程の事だったので、夫の転職問題や、日々の慌ただしい子育て生活の中ではそれは大した問題にすらならない程度だった。
でも、今ならわかる。小さな綻び、心に棘が刺さったなら、気づいた時に取り除き、手当てしないといけないのだ。と。。。
🔹生活が一変する出来事が起こったのは、娘を妊娠した頃だった。
その頃、私達は夫の実家と徒歩圏内に中古物件を購入し、移り住んでいた。
ある日義母から、自分達の住んでる家の立ち退き要請を言い渡された事を告げられる。
いつも、穏やかで、賢く、多少の事では動揺なんてしない義母が、かなり動揺と不安を抱えているのが伝わって来た。
私はそんな義母の不安を少しでも取り除ければと思い、もし立ち退きになっても、仮住まいで暫く我が家に居て貰う事も出来るから。と、伝えた。
義母は、『ありがとう。でも、そんなの悪いから!何とかするから。』と言っていた。
しかし、夫がかなり軽々しく『家に来たら良いよ』と、『週末遊びにおいでよ♪』位のテンションで言った事にビックリした!!😵
その言葉をキッカケに、週末遊びに来る位の軽さと流れで、あれよあれよと言う間に同居が決まる。
(ちょっと待って!!!もう少し、私に相談なり、話す事色々あるでしょ😫😫💦💦)
そんな気持ちを夫に伝えても、伝わらない。
『自分から親には言うから』と返答するが、勿論両親には伝わっていなかった。
不安がどんどんちり積もっていく。
本当にこのまま同居が始まって大丈夫なのか?
妊婦生活と、子育て、家事をしながら、その合間に両親を迎え入れる部屋のリフォームの話も進む。
施工会社の方は、『奥さん、妊婦さんですし、ご出産前に全ての工事を終わらせておいた方が良いと思います。早目に取り掛かりませんか?』との提案に、立ち退きに伴う立ち退き料がまだ支払われていないからと、両親はNO!
実際、リフォーム工事が始まったのは、娘を出産し退院した直後からだった。
🔸幸い娘は良く寝てくれるタイプの赤ちゃんだったが、新生児育児の寝不足、産後の身体と精神状態の中、響き渡る工事の音や振動、匂い、人の出入りの気配、物音にストレスはどんどん増える。
一日何度か工事と、孫を見に来る義母の何げない一言。休まらない体と心に、私はどんどん心が枯れていくのを感じていた。
『幸せなはずだった赤ちゃんとの生活なのに。。辛い。。このまま、飛び降りたい。。。同居なんて始まらなければ良い。。。』
夜中、娘を授乳しながら何度となく思う夜を迎えた。
きっと、私は産後うつ手前だったのだろう。
そんな荒んだ心を癒してくれるのは、娘の存在だった。
ほんの少し笑えば、こちらも笑顔になれた🍀
小さな手が、私の指を握り返せば、心が潤った✨
泣き声、寝顔、見つめる瞳、娘がそこに居てくれたから、なんとか私は生きている感じがした✨
🔹数ヶ月後、とうとう同居が始まった。
お互い、慣れない事も勿論あり、気遣いも増える。
洗濯等は別々に出来るけれど、二世帯住宅ではないので、私は、赤ちゃんのお世話にプラスして、義母は料理があまり得意では無いので、大人の料理の負担も増えた。
人が増えれば、買い物の量、掃除の頻度も上がる。
勿論、娘だけでなく、息子の子育てもある。
出来る家事は、義母も手伝ってくれるし、子供達を見てくれる。
それでも、どうしても毎日心の奥から湧き上がる『私ばっかり負担が増えてる』
🔸そんな私を横目に、夫は帰宅すると食事をして、すぐ横になる。
息子の相手も、義母任せ。
休日は、ひらすら体を休めるか、自分の買い物などに出かけると、暫く帰ってこない。
以前は、夫がしてくれていた家の事も、いつの間にか義母がする様になっていた。
私は、自分の両親がもうこの世に居ないからわからないのだ。
大人になっても、自分が親になっても、自分の親の前ではどっぷり甘えた『子供』になる。と、言う感覚。
何度となく、夫には伝えたが、本人は無自覚なのでわかってはいない。
わかっていない事を、どうにかするのは困難で、どんなにこちらが伝えようと、変わる事はなかった。
虚しさと、悲しさと、腹立たしさ、色々な感情でぐちゃぐちゃになっていた私は、完全に義母の息子に返ってしまった夫を見て、とうとうこう思う様になった。。。
『私には、もう夫は居ないんだ』
まさか、息子が赤ちゃんかえりせず、夫が息子かえりをすると想いもしていなかった当時の私。
『夫は行方知れず』こう思う事でしか、気持ちを落とし所をつける事が出来なかったんだ。
→長くなって来たので、つづきます🍀
読み返してみても、あまり楽しい内容では無いですね😅💦
ただ、今の私を創っているのは、思い悩んだ様々な事も含めて『今の私の気づき』に繋がるので、もし、私の『泥んこばなし』からも、どなたかが何かしら感じる事があれば幸いです😊
では、本日のお話は以上です🍀
今日も、あなたに感謝を込めて✨

