〜ふうふモラトリアム 一章〜
🔹本日も、貴重なお時間をご一緒して頂きありがとうございます🙇♀️
拙いblogへのご訪問、いいね頂き嬉しく思っております😊
🔸記録的猛暑の夏だそうで、本来なら多少過ごしやすいはずの朝も夜も暑い💦💦
そして、エアコンで身体が怠いのか?年齢的に身体が動かないだけなのか?わからないけれど(笑)😅
夏休み、3食ご飯づくりに追われる皆様!共に汗かきながらのキッチンで水分塩分補給して、乗り切りましょうね😁✨
🔹さて、前回に引き続き『泥んこばなし』です。主に、夫との関係性の過去を振り返り、生産性も楽しくもない内容にはなりますが、今私の中で書き綴りたい事を書いております。
こんな夫婦も居るのだな。我が家はマシだな😁そんな風に思いながらでも、受け取り方は何でも構いません。
もし、ご興味ある方は宜しければお付き合いください🙇♀️
前回のお話はこちらです↓
🔸夫の何気ない一言に心のシャッターを下ろした私。
『もう、この人に頑張って話す事すら嫌だ』
そう思ったと同時に、数ヶ月に渡り息子の事でぐるぐる悩み続けた心が『悩む事に飽きた』そう伝えてきたのだ。
🔹『悩み』とは、ただただ、頭の中であーでもない。こうでもない。と、考え続けてその悩みに支配され、日常にも影響してくる。
常にその悩みによって、夢の中にでも居る様な『心ここに、在らず』な状態になってしまうのが、私の癖なのだ。
だけど、散々悩み、悩みの渦に巻き込まれて、行くとこまで行くと『もう、いいや。』と、なるのも私の癖でもある。
今までなら、『悩み』の内容も自分の事なので、何かしら少しの答えらしきものを見出せたけれど、今回は違う。
大事な我が子の事なんだ。
我が子の事となると、母親は驚くべき『強さ』や『逞しさ』を発揮すると同時に、自分でも知らない位『自分の弱さ』『脆さ』にも直面する事があるのだと、『母親』と言う者にならせて貰い初めて知った。
🔸この『弱さ』と『脆さ』は、きっとお腹に子供を宿した時から始まっていた気がする。
体調に何か変化がある度に、小さな命がちゃんと存在してくれているのか?
自分の生活が、命に影響あるのかも知れない。
無事この世に誕生したその日から、今度は目の前の我が子の命を守らないといけないのだ。
ともすれば、『母親』と言うのは自分の身体の変化と共に、強制的に変化を強いられ、何ならそれは当然だと言われ続けていくのかも知れない。
そんな『責任』を常に持ち続けながら、日々成長していく我が子と向き合う。それが、『母親』なんですよ。と、誰かに言葉で教えて貰った訳ではないのに、自然とそうなる様にシステム化されている様な気がする。
けれど、実際子供を命懸けで産んだお母さん達の、どれだけの人がそのシステムに順応出来るのだろうか?
少なくとも、私は順応出来た『母親』ではなかった。。。
🔹出来る事なら、全てを投げ出して逃げたかった。
誰かに助けて欲しかったし、何なら『母親』である前の『私』と言う人間を、救って、認めて、愛して欲しい。
心はずっとそう叫んでいた様に感じる。
🔸『好きで産んだくせに』
『母親失格』
『あなたより辛い人は沢山居る』
わかってます。そうなんです。
でも、その立場になってみないと、知らない事。わからない事。知らなかった世界は確かにあるんです。
🔹誰も、夫を嫌いになりたくて結婚なんてしない。
誰も、我が子に何かしらの障害があって欲しいなんて思わない。
それでも、その現実が自分ごととして現れてしまった時、対処法なんて知らない。教えて貰った事なんて無い。
『どうすれば良い?
何がダメだった?
この辛さからどうやったら解放される?』
自問自答を繰り返し、繰り返し、私の心は溺れかけていた。
🔸溺れかけていた私に、ふとした所から手を差し出してくれる人が現れた。
息子の支援級の先生だった✨
息子が支援級に在籍するにあたって、先生と経緯や今の現状をお話する機会があった。
話を聞いてくれた先生が、
『お母さん大変だったでしょう。
これからは、私が共に息子くんの成長に関わらせて貰いたい。
だから、何でも言ってくださいね。
息子くんの事だけでなく、一緒にやっていくお母さんの気持ちも沢山聞かせてくださいね。』
そう言って下さる言葉に、涙を抑える事は出来なかった。。。
孤独を感じる家庭の中に居た私に、息子のこの先を不安に思う私の心に耳を傾けて、息子自身の心に寄り添ってくれる人が居る✨
それだけで、私の心は少しずつ息をし始めた🍀
🔹コロナ禍で緊急事態宣言が出ていた事もあり、不登校だった息子に度々家庭訪問に来て下さり、その時に私とも話をして励ましてくれた先生✨
先生から、もし良かったら気晴らしになるかな?と、思って持って来たから読んでみて😊
と、言われた本があった。↓
『びーんずネット』と言う、不登校児を育てて来た保護者の方、不登校を経験したご本人のインタビュー記事等が載っている冊子。
それぞれの方のストーリーを読んで、当時の私が気になり響いたワードがある。
『信じて待つ』✨
と、言う事。
この時は、その子が学校に行ける様になるまで時を待つ事なのか?と、思うと同時に、『そんな日が来るのだろうか。。』と、思ってもいた。
その数年後『信じて待つ』について気づいたblogがこちらです↓
🔸様々な方の体験談や、自分なりに色々な方(心理に詳しい方、精神科の先生、子育ての事を書いてる方)の情報を見て、聞いて、気づいた事があった。
私は目の前の事(息子の不登校や障害、夫婦関係)に着目して、何とか答えを導き出そうとしているけれど、これは『対相手』では、無く『対自分』なんじゃないか?!
問題も答えも、全て自分の中にあるんじゃないか?!
と、思いはじめた。
だとすると、、、私は何をすれば良いんだろう?!
ここから、私による私との対話が始まって行った。。。
→つづきます
🔹書きながら、我ながら暗い(笑)と、思いましたが、元々ネガティブ寄りな人間なので仕方ないですね😁
昔は、そんなネガティブな自分が嫌で仕方なかったのですが、今はそんな自分が居て良かった🍀と、思っています😆
まだ、数回続きそうな『泥んこばなし』ですが、良ければ次回も覗いてみて下さい🙇♀️
🔸では、本日のお話は以上です🍀
今日もあなたに感謝を込めて✨



