〜ふうふモラトリアム 第二章〜
🔹本日も、貴重なお時間ご一緒して頂きありがとうございます🙇♀️
拙いblogにご訪問、いいね頂き嬉しく思っています😊
🔸酷暑の中、皆様お元気にされていますか?
生命線である、我が家のエアコンの効きが悪い😅エアコンもこれだけ酷使されたら多分疲れているでしょうね💦
秋にはメンテナンスで業者さんにお掃除してもらおう✨
🔹本日も前回からの続きで『泥んこばなし』です。前回のお話はこちら↓
夫婦関係、子育て、母親として、そして自分自身について、この数年間の中で自分なりにもがいて、考えやってきた事。
今、あの頃辛く苦しかった自分が、次の扉を開く糸口を見出せた事を忘れぬ様に書き綴ってます。
もし、ご興味ある方は宜しければご覧ください🙇♀️
🔸私は今流行りの『自己肯定感』と言うものが、記憶の中でも幼い頃から低い人間だったと思う。
『自分は、存在しない方が良い』そんな事をよく思ったまま大人になった。
何故自分はそんな風に思ってしまうのか?
勿論、その理由はわからず、私は『母親』と言う者になった。
🔹『母親』になる前は『母親』になれば自分は変われるんじゃないか?
『子供』が自分を変えてくれる存在になると思う節があった。
けれど、実際は違った。
環境や、世間的立場、生活、身体は妊娠、出産と同時に強制的に変化はしても、私自身の中身はそう容易く変わらない。
だから、何か出来事が起こる度にこの自己肯定感の低さが現れて『自分は存在しない方が良い』と言う思考に襲われてしまうんだ。
🔸つらつらと書き綴って来た、私の近年の出来事が起こり辛さや、憤り、悲しみを感じる度に常連の様に顔を出すこの感情に苦しめられてきた。
『夫婦』と言う人生のパートナーとして、互いが『特別』の様に思っていた関係性が崩れて、『親子』と言う掛け替えの無い関係性が不健全に感じ、宝物の様に大切に思っているはずの我が子と一緒に過ごす事が、辛くなるなんて。。。
夫にとって、妻は私じゃない方が良い。
息子にとって、母親は私じゃない方が良い。
きっと、その方が彼らは幸せになれる。
『そんな風に思わない方が良い!』
『どうしてそんな事考えるの?!』
周りから言われても、そんな事自分だって、思いたく無い。
だけど、どうしてもその感情が押し寄せて来るのをどうにも出来ない。
その繰り返しだった。
🔹今の現状に不満や、不安が募り過ぎて、
『私が苦しいのは、あの人のせいだ!』
そんな風に、誰かのせいにして不満や愚痴を吐き出す事も少なくなかった。
自分は悪く無い。
誰かに責任を取って欲しくて、誰かを責め続けた。
誰かを責め続けて、目の前にある苦しみから逃れる答えを探し求めて、得た物は『寂しさ』だけだった。
何も満たされない。
現状も変わらない。
🔸元々、自己肯定感が低くくて、自分嫌いな私。
そんな私に、育てられる子供達はどうなっていくのだろう?!
決められた学校の枠に当て嵌まる事が出来ず、散々注意ばかりされる息子は、このままではきっと自分を嫌いになってしまう。
発達障害だと言うだけで、これから生き辛いかも知れないのに、自分を嫌う事で更に二次障害が出る可能性は高くなるだろう。
せめて、可能性は低くしたい。
親として、私に出来る事はなんだろう??
そう考えると、私に出来る1番大事な事。
それは、『自分を建て直す』事だと思った。
出来るなら、避けたかった嫌な自分をも見つめ直す。
まずは、『自分で自分を認める』
その事から始めようと思った。
自分を認められない人が、人を認める事なんて出来ないから。。。
そこから、私はほんの少しずつ、少しずつ、自分との対話をスタートさせた。
次回につづきます→
🔹当時、沼の底に居た様な自分の気持ちを思い出しながら、今に繋げて書いています。
自分語りの様な内容ばかりですが、もしご訪問頂いた方のほんの少しでも何かしらのお役に立てれば幸いです🍀
では、本日のお話は以上です😊
今日もあなたに感謝を込めて✨



