〜ふうふモラトリアム〜 第13章




🔹本日も貴重なお時間をご一緒して頂きありがとうございます🙇‍♀️


🔸拙いblogへのご訪問、いいねを頂き嬉しく思っております😊


🔹まさか!!!

3月になっていたなんて😵💦2月は他の月より日数が少ないからか?後半のスピードめちゃくちゃ早く感じませんか?!師走並みに、あっという間に2月後半が終わった感じがします😅



2月は息子が発熱し、インフルエンザを覚悟しましたが、検査したら陰性で結果風邪でした。

我が息子、今まで感染症の名がつくもの以外で、発熱をした事がほぼ無くて、赤ちゃん以来?風邪診断のもので熱を出すんだ!!(そりゃ、あるだろ)🤣💦

と、新たな彼に出会った感じでした😁✨



熱はすぐ下がりましたが、風邪症状がめちゃくちゃ長引いており、ダラダラ続くのも案外辛いですよね😢

まぁ、元気そうなのは一安心でしたが。


ただ、今回も熱が出ても『大丈夫!』と言い張る彼💦

熱を計ると大丈夫じゃないやんか!と、毎回突っ込む事になるのが恒例です😅

自分の体調変化に鈍感なのか?言ってはいけないと変に気を遣っているのか?

こちらが、体調不良に気づくまで自己申告してくれないのが困りもの💦



娘は、すぐに体調変化を自分から言ってくれるので気づきやすいのですが、そろそろ息子も自分の体調不良に気づいて伝えて欲しいところです😅

色んな事に個人差ありますね💦



息子は特に花粉症なので、花粉飛び始めたら、せめてインフルエンザの流行期終わりにして欲しいな。。。😅(割と切実)



3学期も残り僅かなので、元気に修了して欲しい✨娘も残り僅かな保育園生活を、元気に過ごして卒園式を迎えたいです🍀





🔸さて、今回も泥んこばなしの続きを書き綴りたいと思います。

前回のお話はこちらです↓


ふうふ関係の再構築、自己変容、内省等にご興味ある方は宜しければお付き合いください🙇‍♀️






🔹『何故、私はそう思い、そんな風に感じるのか?』

自分との対話、内省を大切にし始めてからいつも自分自身に問いかける言葉です。


意識して問いかける様になったのは、この数年ですが、よくよく考えると私は幼少期から

『なんで、わたしはこんな風に思っちゃうのかな?』と、普段から考えていた事を思い出しました。


その頃は、自分との対話なんて出来なかったし、誰かにいちいち聞く事もしなかったので、自分の中にひたすら留めていただけでした。



私は、親からも『引っ込み思案で、線が細い(繊細と言いたかったのかな)でも、しっかり者のお姉ちゃん』と言われていました。

弟達に手が掛かり始めると、母の目も、関わりも弟達の方に必然的に向かいます。

そうなる毎に、いつしか私の『繊細さ』『大人しさ』より、『しっかり者のお姉ちゃん』に目を向けられ期待される様になり、私の中に残っている『繊細さ』などは置き去りになっていました。



でも、本来持っている『気質』ってそうそう変わる事はありません。



だから、私は自分の『繊細な部分』はずっと胸の中にあるのに無いふりをしていたのです。

ですが、どんなに無いふりをしても、元々の気質は、顔を出して来ます。

学校生活等は、顕著でそれなりに周囲に合わせてやり切っていましたが、私はずっと緊張状態で学校生活を送っていました。



今の時代と違って、教師が生徒にゲンコツしたりする事も日常的にあり、『優等生』とは程遠い私は、その対象になる事もしばしばでした。

私は日曜日の夜になると、学校が嫌で布団の中で泣いていました。

学校で、お腹が痛くなる事もよくありました。

でも、皆んなが当たり前に出来ている事が苦痛に感じ、こんなに嫌なのか?わかりませんでした。



この頃の体験から、私は学校の様な

『皆んなと同じ様に出来る事』がマストな環境が苦手になりました。

『何で、私は出来ないんだろう?』

よく思っていた事です。





🔸家庭内では、母が家事と、弟達の世話にプラスして、ご近所さん達の話を聞いたり、近所の子達の世話を焼くので、私は弟達の世話をする以外は、1人ポツンと過ごす事が多かったのです。


幼少期から、『寂しい』

この感情を常に持ちながらも、表に出すと母に迷惑が掛かると思い心に蓋をして過ごしました。



だからと言って、母が愛情を与えてくれていないとは思ってはいませんでした。

母なりの愛情はすごく感じていましたし、母の事は好きでした。

でも、私が本当に欲しい愛情は、母が与えてくれる愛情とは違っていたのです。





🔹『愛情のコップ理論』と言うのはご存知でしょうか?

簡単に言うと、

『愛情を受け取る器をコップに例え、そのコップが愛情によって満たされると、溢れた愛情を人に注ぐ事が出来る。

但し、コップの大きさは人それぞれ。』


確かに、納得出来る気はします。


この理論を知ってからは、私はいつも自分が

『コップが大きいタイプだから満たされていない』と、思っていました。



幼少期は母から、大人になればパートナーから、それぞれ愛情を注がれているのにも関わらず、満たされない感覚。

愛情を注いでくれる人が居るのに、常に寂しさが付き纏う心の状態があり、自分はすごく

『愛情に貪欲な人間』の様に思え、そんな自分が嫌でした。



ですが、内省を繰り返し続けた、今の自分だから思う事があります。



それは、コップの大きさも勿論大切だけれど、もしかしたら注ぐ愛情の中身が更に大切なのでは?



長くなりそうなので、次回につづきます→



今回のお話はここまで✨

今日もあなたに感謝を込めて🍀