2026年6月13日:パート3
 

 16時半過ぎ。新幹線で上野に向かっている。子ども食堂のシーフードカレー、本当に美味しかった!(感動)集まった人たちとの触れ合いも、楽しかった。

 やっぱり、自分は現場を回る(地域の人たちと話す)ことが好きなんだな!そのことが良く分かった!!(ニッコリ)

 どんな嫌な出来事も、不条理な展開も、山本一太から「ご機嫌力」を奪うことは出来ない!(笑)

 最近、本気でこう思うようになった。「前立腺がんが判明し、治療を始めたことは、自分の人生にとってプラスだった!」と。

 もともと楽天的な性格ではあるが、病気になったことで、今までより、相手の立場や気持ちを慮ることが出来るようになった。

 加えて、様々な負の感情(呪縛?)から解き放たれた。何より、周りの人たちに対する感謝の気持ちが、日々、強まっている!!

 情熱と狂気は紙一重だ。が、とにかく臥薪嘗胆!ここから1年、長く苦しい戦いが続く。地元秘書たちと力を合わせ、辛いことや悔しいことを1つ1つ乗り越え、目的(再選)を成し遂げたい!それまでは、忍耐に次ぐ忍耐だ!!(ふう)

 心から尊敬する内村鑑三の言葉「難しければ難しいほど、それを成し遂げるのが面白い!」という言葉を胸に刻みながら!!

 さて、自分で言うのも何だが、大学時代は滅茶苦茶、活動的だった。英語を習ったり、中国語の学校に通ったり、ダンス教室のレッスンを受けたり、バンドを組んでライブをやったり、スキーを楽しんだり、勉強する暇がほとんどない(?)怠慢な学生だった!!😆(深く反省😭)

 信じてもらえないかもしれないが、当時は、とにかく友達が多かった。どちらかと言えば社交的な性格なので(笑)、どこに行っても、すぐに新しい友人が出来た。

 今晩、20数年ぶりに再会する東京の友人たち(10名?)とは、学生時代、毎日のように通っていた四谷の英語学校で知り合った。クラスには、自分と同じ大学生もいれば、社会人の先輩もいた。

 そのうちの幾つかのグループは、毎冬のように、生まれ故郷の草津温泉に遊びに来ていた。もちろん、スキーを楽しむためだ。多い時は、20人近いグループで押し寄せる(?)こともあった。その度に、「スーパーホスト」として大活躍していた。(笑x2)

 今、振り返ってみると、あれだけ大勢いた友人たちの中でも、最も好きな人たちだった。だからこそ、忙しい日程を調整して、駆けつけることにしたのだ。

 ふうむ。最後に会ったのは、恐らく20年以上前だ。今は、きっと全員が60代を超えている。いや、70代のひとだっているかもしれない!

 あの頃に戻ることは出来ない!が、それでも、何か胸がギュッと締めつけられるような感覚に襲われている。たまには、こんな空間があってもいい!(ニッコリx100)

 あ、まもなく上野駅のアナウンス。