2026年5月29日:パート2

 15時過ぎ。定例会見を終えて、知事室に帰還!次の日程まで、少し時間が空いた。すかさず本日2本目のブログを更新する。

 本日の会見では、「県民芸術祭50周年記念オープニングイベントやパラスポーツの普及加速化、学校給食へのこんにゃく提供などについて発表した。

 すっかりお馴染みになった最後のコーナー「にゅうさん(大塚副知事)のひと言」の今週のテーマは、群馬県の財政(その1)だった。

 「オレ(私)が知事なら、この分野の予算を大幅に増やす!」などと口で言うのは簡単だ。

 が、そういう人たちには、山本一太が知事になる前のように、「毎年度、財政調整基金を全て使い切って、ようやく予算が組める」状態を続けることがいかに危険なのか?そして、その問題を解消する(=財政を改善する)ために、どれほどの知恵を絞り、努力を重ねて来たのかが、全く分かっていない!(怒)

 今回の副知事コーナーのシリーズで、そうした点をしっかり県民の皆さんに説明してもらえたらと考えている!

 さて、参議院議員(4期目)時代の山本一太事務所の秘書は6名。長年に渡って、地元に4名、東京に2名という体制だった。当時から、秘書たちの平均勤続年数は、優に10年を超えていた。

 今から7年前、参議院議員から群馬県知事に転身した。その際、東京の議員会館事務所は実質的に消滅!財政的な事情等により、秘書チームの数を減らさざる得なくなった。

 希望を聞いた全員が「出来れば残りたい!」と言ってくれた。そのことには感激したが、逆に辛い面もあった。(ため息)

 いろいろ考え抜いた結果、結局、今の3人体制に落ち着いた。(ふう)ひとことで言うと、苦渋の決断だった。(ふう)3人のうち2人は20年以上、1人は約15年、秘書として自分を支えてくれている。(感謝)

 もうひとつ、嬉しかったことがある。それは、地元の秘書を10年以上勤めた後で、県内企業に入ったり、政治家に転身したり、引退したりした「元秘書たち」とも、良好な関係を維持出来ていることだ。(ニッコリ)

 後藤さん(某企業の幹部)、あきら君(高崎市議会副議長)、小渕さん(安中後援会創設の功労者)、次(来夏の選挙)は、難しい挑戦になります。引き続き、ぜひ力を貸してください!🙇‍♂️

 前回のブログでチラッと書いた地元秘書チームの「強み」(スゴくいいなと思っていること)を記しておく。それは、彼らが感じていることを、そのまま上司である自分に伝えてくれることだ。違う言い方をすれば、「ギザギザの情報を届けてくれる」ことだと思っている。

 政治家にとって大事なのは、自身に対する周りからの評価や立ち位置に関して、出来るだけ正確な事実を把握することだ。「現実を受け入れる」と言ったほうが正確かもしれない。

 例えば、政治家が地元回りをする時、自分にとって居心地のいいところばかりに足を運ぶ傾向がある。そりゃあ、そうだ。誰だって、「嫌なところ」(嫌いなひとのいる場所)には行きたくない!

 かつて、ある国会議員の地元秘書から、こんな話を聞いたことがある。

 「先日、00先生が地元に戻って来た。とても気難しいひとなので、事前に訪問する支持者の自宅に前もって伺い、玄関に00先生のポスターを貼ってもらうようお願いしておいた。」

 「お陰様で、先生は、とてもご機嫌な状態で、地元回りを終えた。『地元の反応は上々だな!』などと言いながら、満足そうな顔で東京に戻って行った」と。

 その話を聞いて、「地元秘書として、決してやってはならないことだ!」と感じた。案の定、そのひとは、次の選挙で落選の憂き目に遭った。

 その点、うちの秘書チームは真逆だ。(ガクッ)厳しい情報も、遠慮なく運んで来る。昨日も、ある秘書から、「一太さん、当分は我慢してくださいね!」と釘を刺された。

 知事になってからは、(あまりに公務が忙しくて)支持者の会社や自宅を(議員時代のように)頻繁に回ることは出来なくなっている。(ため息)

 が、国会議員時代は、よく自分の発言や行動に怒っていたり、文句を言っていたりするひとの家に連れて行かれることがあった。(苦笑)田んぼの真ん中で30分くらい叱られ、議論して、最後はガッチリ握手をするような場面もあった。懐かしいなあ。

 地元秘書チームとのこの「風通しの良さ」は、正確な事実を認識するために、とても重要だと考えている。

 あ、そろそろ次の日程が始まる。この続きは、今晩のブログで。