2026年4月6日:パート2
19時。久々に外食。真鯛と梅しらすご飯を注文した。食事が出て来る前に、本日2本目のブログを書いてしまおう。
3月16日は、亡父 山本富雄の命日だった。過去のブログでも何度か触れたが、父の晩年は病気との壮絶な戦いだった。
けっして弱気なことを言わないオヤジが、電話で「次の選挙を戦い抜ける確信が持てない!近くで助けてくれないか?」と言った。
その言葉を聞いてすぐにJICA(国際協力機構)の仕事を辞め、秘書として、亡父の最後の3ヶ月(?)の政治活動を手伝った。
最後まで「必ず病気を克服出来る!」と信じて疑わなかった亡父の生き様を、日々、目撃した。このひとの精神力と意志の強さには、感動すら覚えた!(ふう)
ちなみに、山本富雄の最後の数ヶ月を知っているのは、家族と、父が右腕として全幅の信頼を寄せていた当時の政策秘書だけだ。主治医の先生から、「残念ながら、回復の望みはない!」と伝えられた後、母から、「少し2人きりにして欲しい」と頼まれた。
ベッドに横たわる(全く意識のない)父に、優しく話しかけていた母の言葉を聞いたのは、自分しかいない。
慈恵医大病院の病室に何度、足を運んだことか!(ため息)
亡母も家族も秘書も、父が亡くなる直前まで、本人の病状を隠すことに必死だった。が、実は(かなり前から)全ての情報が外に漏れていた。
「どんなルートで情報が漏洩していたのか?」は知っていたが、あえて言わなかった。そもそも、あそこまで症状が悪化すると、情報を管理すること自体が難しかったのだ!
最近、分かったことだが、「山本知事がこう言っていた!」とか、「こう考えているに違いない!」とか、憶測で物を言う人間が複数、いるようだ。必ずしも悪気はないのかもしれない。世の中には、思い込みの激しいひともいる。
ただし、そうした言葉には「ほとんど根拠がない!」と考えたほうがいい。
そもそも、政治家 山本一太は、軽々に自分の真意を他人に伝えたりしない。話好きで、あっけらかんな性格ではあるが、こと政治活動については、周りが思っているよりずっと慎重なのだ!
正直言って、周辺の人間が、自分に関する誤った憶測や不正確な情報に踊らされて動くのを見るのは、ちょっぴり不愉快だな。どこかで、思わぬ「しっぺ返し」を喰らうんじゃないかと心配になったりする!(苦笑)
いや、逆に言うと、そのひとの本心や本性が見えるという点では、必ずしも悪いことではないかもしれない!
さて、前回のブログでも触れたが、7月の初めに山本一太後援会の「戦略会議」を行う予定だ。今日、地元秘書から、この集会を知らせるビラの原稿を受け取った。先ほど、電話で幾つかの修正を指示した。
集会のタイトルは、「危機突破戦略会議&決起集会!」にする。「激戦必至の次の知事選まで00日」とか、「山本一太のチャレンジに力を!」という文言も加えて欲しいとお願いした。
あ、美味しそうなご飯が運ばれて来た。この続きは、次回のブログで。