2026年3月2日
月曜日の朝。今日は出発が遅い。昼は某県議との会食。県議を知るための「もう1つのフリーレンの旅」が始まる!
今回の「今だから書ける前橋市長選の感想」シリーズを掲載した目的は次の3つだ。
(1)自分の中で大切にしていた「政治家のあるべき姿」や「選挙のあり方」に関する概念を崩壊させた前橋市長選挙という衝撃の呪縛から、自身の心を解放すること。
(2)あの選挙を一緒に闘ってくれた人たちへの感謝とお詫びを、改めて伝えておくこと。
(3)来夏の知事選では、知事としての2期8年の実績に加え、政治家としての「真っ直ぐな生き方」も、スローンガンに掲げようと決めた。
「お天道様のもとで出来ないことはやらない!」という山本県政の哲学に加えて、「誰よりも透明で、県民にウソをつかない知事」というキャッチコピーを打ち出すつもりでいる。このブログの発信を、その動きに向けた最初のキッカケにしたい。
シリーズ最終回のこのブログを書き終わったら、もう前橋市の政治にいちいち干渉するようなことはしない!知事として、中立的な立場を維持する!(キッパリ)
そう言えば、前回のブログで書き忘れたことがある。先の前橋市長選に挑戦し、健闘したものの届かなかった丸山あきら氏は、「どんな道を進んでも、必ず成功する!」と信じていることだ。
丸山氏にひとつだけお願いしたいのは、(どんな形でも)「前橋を良くしたい」という志を持ち続けて欲しいということだ!
さて、これまでのブログの中身を踏まえ、数ヶ月前の前橋市長選の結果を、自分なりに総括すると、次のようになる。
「小川市長の醜聞に衝撃を受け、前橋のリーダーとしての資質に強い疑問を抱いた人々、前橋に関して世の中に溢れたネガティブな報道で「街」のブランドやイメージが低下したことに、強い憤りを覚える人たち、すなわち『良識のある市民』は確かに存在した!」
「実際、政治家、ましてや地域のリーダーのウソがまかり通る世の中にしてはならない!」という強い危機感を共有する大勢の人たちがいた。だからこそ、投票した市民(有権者)の半分が、小川市政の継続にノーと言ったのだ。」
「しかしながら、小川市長の長年に渡る地元の政治家としての努力、過去2年弱の市長としての姿勢や実績への評価、ご本人の優れたコミュニケーション能力が、そうした怒りや嫌悪感を凌駕した。」
「結局のところ、市長選に一票を投じた多くの市民(得票率49%=市民の23%)は、『仮に小川市長の説明が事実と違ったとしても、本人に市長を続けて欲しい!』と願ったのだ。自分はそう捉えている。」
「もちろん、そこには、『弱い立場のひとに同情する』上州人の義理・人情の気質も絡んでいた気がする。」
これが、今回の前橋市長選のシンプルな結論だ。それ以上でも、それ以下でもない!
今、思い返して見ると、小川市長が県議だった時代、斉藤幸平氏の「人新世の資本論」について意見を交わしたことがあった。意外と考え方が近かったので、「あれ?」と思った。柔軟な思考の持ち主だと感じた。
もう1つ、思い出したことがある。昨年の夏、かねて約束していたように、2年後の知事選への立候補を表明した。その際、小川市長を含む県内の複数の首長にも、次のような趣旨のメールを送った。
「昨日、三選出馬を表明しました。公務には一切手を抜かず、頑張るつもりです!引き続き、ご指導のほと、よろしくお願い致します!」
小川市長からは、すぐに以下のような返事が返って来た。
「報道で拝見しました。先の見えない時代で、国政の状況も不安定です。が、だからこそ住民福祉の最前線に立っている地方自治の重要性が益々、高まっていると思います。引き続き宜しくお願い致します。」
過去のブログで、「小川市長のことが嫌いなわけではない!知事として支援した現職の山本龍前市長を破って当選したからと言って、その後、新市長を公に批判したり、意地悪をしたことなど一度もない!」と記した。
そう思っていなかったら、本人にこんなメールを出すわけないでしょう?(笑)一瞬、耳を疑った「あの醜聞」が暴露される以前は、「少し時間をかけたら、きっと本音で話せる信頼関係を作れる」と考えていた証拠だ。
もしかすると、小川市長は、思った以上に「面白い(魅力のある?)人物」なのかもしれない。何しろ、あれだけの窮地に立たされても、庇ってくれる熱烈な支持者がいるのだ。政治家として「大衆を惹きつける何か」を持っているからに他ならない!そうでしょう?
振り返ると、あのスキャンダルが発生した直後から、知事会見等の場で、小川市長の対応に厳しい発言を繰り返し、そのことが大きく報道されていた。
ちょうどその頃、市長本人から、「一度、山本知事と直接、お会いして、お話をさせていただきたいのですが、お時間をいただけますでしょうか?」というメールが届いた。
当時の知事会見でも述べた記憶があるが、全体の状況を考えて、小川市長からのメールに返信はしなかった。が、最近、ふと、こんなふうに思うこともある。
「あの時、小川市長は自分に何を伝えるつもりだったのだろうか?」と。実際に会っていたら、「私の釈明を信じて欲しい!」と涙ながらに訴えられたのか、それとも、「何か違うこと」を打ち明けるつもりだったのだろうか?
何度も言うが、人生で初めて、重い病気(?)を患ったことで、自身の心境に変化が生まれている。日々、こう痛感せずにはいられない!
「人間は、誰でもいつか終わりを迎える。人生の時間は限られている。しかも、自分自身にいつ何が起こるかなんて、誰にも予想がつかない!」と。
「人間の生涯など、宇宙の営みから考えれば、一瞬の瞬きにもならない、ちっぽけなものなのだ!」とも。
その限られた時空の中で、たまたま同じ時代に、知事と県都の市長を務めているのだ。「過去の出来事には拘らず、県と市のためになることは、快く協力すればいいではないか!」
最近は、そんな気持ちが、心を過ぎることもある。
ましてや、この先、お互いの人生が「何年も?交錯する」ことなど、ほぼあり得ない。それぞれ「今を生きる」ことに精一杯の状態だ。そうですよね?
前橋市長選が終わって1ヶ月半。改めて、自分自身にこう問いかけてみる。
「そもそも、人間は誰だって不完全だ。時には過ちも犯す。市長が直属の部下と不倫した(?)としても、それが何だと言うのだ!」
「誰だって、他人のモラルなんて責められない。仮に市長が、あの問題に関して、市議会や市民にウソの説明をしていたとしても、ちゃんと市のためになる仕事をしてくれるなら、別にどうでもいいではないか!」
「小川市長は、一緒にラブホテルに通っていた直属の秘書課長以外に、悩みを相談する人がいなかったと語っていた。市長室で話したら感情的になってしまうので、ラブホテルを相談場所に選んだという説明だった。
それが事実だとすれば、トップとしての重圧の中で、毎日、孤独と闘っていたに違いない。そうじゃなかったら、あんな不条理な行動をするはずがない!」
「もしかすると、ご本人は、情に流されやすく、かつ周りから利用されやすい人なのかもしれない。それは、それで人間的ではないか!」
更に、こんなふうにも、考えようとした。
「昨年11月にあの醜聞が発覚するまでは、小川市長に悪い印象は抱いていなかった。逆に、地方政治の利権構造を変えてもらういい機会かもしれないとさえ感じていた。自分自身が、自民党の中で、古い政治文化と闘っていたからだ!」
「そもそも、全国的な話題を巻き起こしたあのスキャンダルが露呈する前、小川市長の存在を特に意識していたわけではない!(ごめんなさい!)」
「もっと言うと、前橋市や前橋市民のことは好きでも、前橋の行政の動きには、あまり関心がなかった。実際、あの問題が報道されるまで、小川市長は全国的に全くの無名の首長だったし、前橋市のことを知らない国民も多かったはずだ。」
「自分が知事として常に注目し、県の施策の参考にしていたのは、丸山氏も関わっていた「民間主導による街づくり」の動きと、そこに関わる『高い志を持つ人たち』だった。」
「どのみち、前橋市とは、今後も連携について話し合っていくのだ。心のわだかまりを取り払って、あのスキャンダル発覚前の状態に戻り、普通にお付き合いしていけばいいではないか!」と。
そんなことを、心の中で繰り返しながら、今、小川市長に対して抱いている印象や、本人への見方を変えようと努力した。少なくとも、あの問題が起こる前の状態に戻そうと試みた。
「小川さんと一度、お茶でも飲みながら、2人でゆっくり話をしてみようかな!」と思ったりもした。
が、本当に申し訳ないが、それは「どうしても無理だ!」と気づいた。(苦笑)政治家としての「ちっちゃな正義感」と、亡くなった両親から受け継いだ「人としての矜持」が、そうした心の変節をどうしても許さないからだ!(ため息)
世の中に聖人君子はいない。そもそも、「ウソをついたことのない人間」なんて、いるわけがない。
が、自分自身が生まれ育ち、戦後の保守政治を支えて来たこの群馬県において、(たとえ「建前」であったとしても)「政治家は(どんなに苦しくても)国民(有権者)の前で、真実を語る勇気を持たねばならない!」という倫理観の崩壊を、まざまざと見せつけられてしまった!
先の前橋市長選の結果は、これからの群馬県の政治や選挙、いや日本の政治全体にも、大きな禍根を残した。この見解だけは、どうにも変えようがない!(ふう)
何にせよ、前橋市とは、これからも連携に必要な協議を続けていく。そう言えば、今後の「前橋の街づくり」に関して、近々に小川市長の意見を聞いておきたい大事な問題もある!
近いうちに、秘書課経由でアポを取って、こちらから市長室に伺うつもりだ。きっと時間を取ってもらえるだろう。
小川市長、お互いにあまりストレスを溜めずに、頑張りましょう!体力には自身のあった私でも、病気を防げませんでした!
ストレスと睡眠不足は、万病のもとです。いつ見ても健康そうに見えますが(笑)、体調には十分、気をつけてください!
ああ、言いたいことを全て吐き出して、スゴくスッキリした。(ニッコリ)これで、やっと次の段階に進める。
過去のブログにも書いたが、これから6年、病気を乗り越えて「県民のために1つでもいいことをやる!」ことに全力を傾注しなければならない!他のひとの動向など、構っている余裕はない!!
追伸:最後に、小川市長にどうしても伝えておきたい山本一太の正直な思いを伝えておく。
きっと、周りには分からない様々な事情があったのかもしれない。いろいろ考えた末の方針だったのかもしれない。
が、それでも、小川市長は、あの問題に関して、全てを正直に打ち明け、その上で謝罪すべきだった。長い目で見れば、そのほうが得策だった。自分の目には、そう映っている。
例え、最初から敗訴が確実な訴訟を起こされたとしても、市民や議会には、真実を話すべきだった!事実を認めることで、どれほどの困難が待ち受けていたとしても、そうして欲しかった。
その上で、政治家としての再起を期した「再スタート」を切ってもらいたかった。潔く過ちを認めて自ら辞職していれば、小川市長の行動に、あれほど批判が集まることはなかっただろう。自分だって、逆に「応援したい!」と思っていたかもしれない。
たとえ国民の多くが納得し難い説明を変えることが無理だったとしても、少なくとも「出直し市長選」には出馬せず、雌伏の時を経て、政治への復帰を目指すべきだった!
たとえ、短期決戦が選挙に勝つための最良の選択肢だったとしても、いったんは身を引くべきだった!政治家 山本一太は、そう考えている。
ご本人は、市長ポストに復帰して、以前と同じ(?)「日常」が戻って来たと感じておられるのかもしれない。が、口には出さなくても、自分と同じ思いを抱いているひとは多いはずだ。加熱報道が収まっても、人々のイメージが消えることはない!
前橋市民と一般の国民、その他の地域の認識は違う。そのことは、小川市長自身が、最もよく分かっておられると思う。あれほど鋭い政治的嗅覚を持っているのだから!
今回のことは、小川市長がこれからもずっと背負い続けなければならない荷物であり、超えていかねばならない試練だ感じている。そして、将来、ここぞという場面で、きっと大きな「足枷」になる。そんな気がしてならない!
最後にもう一度だけ、言い残しておく。小川前橋市長の政治家としての執念、地元を回る日々の努力、そしてご自身の優れたコミュニケーション能力には、(同じ政治家として)敬意を表したい。学ぶべき点もあると感じる。
が、絶対に本当のことを言うべきだった!!どれほど苦しくても、市民の前で、真実を語って欲しかった!!その点だけは、本当に残念だ!!(ため息x10)