2022年9月27日

 19時過ぎ。東京から高崎に向かう新幹線の車中で、パソコンを起動させた。

 本日は午前8時15分に自宅を出発。高崎駅から東京行きの列車に飛び乗った。都道府県会館(群馬県東京事務所)で、関係部局とのウェブ協議をやった後、午前11時30分に、建物の前に迎えに来ていたバスに乗った。大勢の知事や県議会議長が一緒だった。

 故 安倍晋三元総理の「国葬議」の会場である日本武道館に到着したのは、昼12時過ぎ。そこで約2時間、待機した。14時から「国葬」がスタート。松野官房長官による開式の辞、国歌演奏、黙とう、安倍元総理の生前の映像、追悼の辞という流れだった。

 追悼の辞を述べたのは、葬儀委員長である岸田総理、衆参議長、最高裁長官、友人代表の菅前総理の5人。続けて、勅使•皇后宮使御礼拝、上皇后宮使御礼拝もあった。その後、参列者による献花が始まった。

 国葬の儀式自体は1時間弱だったと思う。が、その後、献花を終えるまでに2時間を要した。実際、都道府県会館に戻ったのは、17時30分だった。群馬県東京事務所の会議室で、マスコミの取材を受けた。次のようにコメントした。

 「今回の国葬には、何があっても行かねばならないと思っていた。こうして参列出来たことに、安堵している。安倍元首相の生前の映像を見たり、岸田総理、菅善総理の追悼の辞を聴きながら、日本にとっても、世界にとっても、かけがいのないリーダーを失ってしまったのだと、改めて強く感じた」とコメントした。

 すでにネット上でも大きな話題となっているが、菅前総理の追悼の言葉は、胸に深く響いた。いや、参列者全員が心を動かされたと思う。その証拠に、弔辞が終わった直後、(期せずして)会場から拍手が起こった。

 昭恵夫人も、途中で(何度となく)目頭を押さえていた。「これは一言一句、菅前総理が自ら綴った言葉に違いない!」あの会場にいた全ての人々に、そう確信させる内容だった。

 安倍元総理の国葬問題が、すっかり政局の具と化してしまったのは、本当に残念だ。7年8ヶ月にも渡る在職中の多大な功績と、旧統一教会問題や東京五輪汚職問題が、ゴチャゴチャになって報道されていることにも、強い憤りを感じる。

 だからこそ、多くの国民(県民の皆さん)に、「安倍元首相とは、どんな人だったのか?」を知ってもらいたい。安倍元総理との思い出を綴ったシリーズを、このブログにぜひ書き残しておこうと決めた。近く連載を始める予定だ。

 あ、間もなく高崎のアナウンス。帰宅したら遅めの夕食を食べ、欧米の最新ニュースを見ながら、明日の一般質問の準備をする。昨晩はストレッチと自重の筋トレだけにしておいた。今晩は必ず走る!!

追伸:本日から発生届の限定化を踏まえて、県としての発表内容を変更した。そのことを断った上で言うと、今日の県内での新型コロナ新規感染者は564人。病床使用率は26%。依然として「医療のひっ迫」は起きていないが、秋から冬にかけて「第8波」が発生する可能性もある。引き続き、医療提供体制の強化を図っていく。